「づけ」の威力
づけってのがありますね。広義では生の魚介の切り身を醤油に漬け込んだもの。つまり刺し身の醤油漬けですが、寿司界では特にマグロの赤身を醬油ベースで漬け込んだものを言います。元々は生魚の保存のために行われていたのでしょうが、いつのまにか江戸前の仕事をした寿司ネタとして定着したようであります。
というわけでこの頃は一流店から回転寿司まで、づけの握りを見かけるようになりましたが、各店のづけのレシピを見てみると、その手法やプロセスは千差万別。実にさまざまなづけがあるようです。マグロの状態にしても「サクのまま漬ける」「切りつけてから漬ける」「霜降りにして漬ける」。それから漬け汁にしても「醤油だけ」「煮切り醤油」「煮切り醤油と酒」「煮切り醤油とかつおダシ」。そして漬け時間にも「ほんの数分」「数時間」「一昼一夜」。などなど実にバラバラで確立されたレシピが存在しないようなのです。
こうしてみると、づけという手法は江戸前の正式な仕事ではなかったのかもしれません。マグロ自体、昔はあまり人気のある魚ではなかったと言われてますから。それに対して現代のマグロの人気はすごいものがありますね。しかもその人気の大半はトロに集中いたします。しかしトロはマグロの身肉の中でも割合が少なく、大半は赤身を占めております。ということは寿司屋ではどうしても赤身が余ってしまう。
てなわけで私は時々、行きつけの寿司屋から余った赤身をもらえるのですが、その量が半端ではございません。とりあえず切り分けて、まず刺し身でいただいて、それから血合いのステーキ。そして食べる直前に漬けたづけをいただく。さすがにこのへんでいい加減、腹がいっぱいになってまいります。ということで残りは冷蔵庫で保存ということになりますが、この時、威力を発揮するのがづけによる保存法であります。まずは保存用の煮切りを作り、霜降りにしたサクを漬けて冷蔵庫へしまいます。こうすれば数日は日持ちするので、連日マグロを味わうことができるのです。いやはや、づけを編み出した昔の人は本当にエライ。このようにづけのおかげをもちまして、大量の赤身をペロリたいらげる私です。
イカものづくし
日本人ほどイカは好きな民族はいないと言われておりますが、寿司ネタとしては比較的地味な存在であります。しかし日本近海では30種ほどのイカが獲れ、そうした様々なイカの風味。食感の違いを季節ことに味わうのも、また寿司食いの醍醐味と申せましょう。
寿司ネタにする代表的なイカとしてはまずは春のヤリイカ。身が薄く歯ごたえがありながら、柔らかく甘みが強いのが特徴です。アオリイカは夏の高級品。身は厚みがあってねっとりした旨味があります。それに対してエコノミーなのがスルメイカ。歯ごたえの良さが身上ですが、時々噛み切れないような硬いのもありますね。そして秋から冬にかけて登場してくるのがスミイカ。正式名をコウソイカと言い、身は厚くやわらかでもっちりした歯ごたえで甘みがあります。他にシロイカ、アカイカ、ケンサキイカ、モンゴウイカなども使われ、ひと口にイカと言っても実にいろんな寿司があるものです。
ところで現在イカは生で握るのがフツーですが、伝統的な江戸前寿司には煮たイカに煮ツメを塗る「煮イカ」というネタがあります。それから煮た小さなヤリイカにシャリを詰めた「イカの印籠詰め」なんて粋な寿司も。これらは生の時とはまったく違う別の味わいであります。イカといえばもうひとつ忘れてならないのがゲソであります。回転寿司などには必ずあるネタですが、一般的な寿司屋では置いてないことも多く、こうした事情はゲソ好き私などにしてみると実にもったいない話です。
さて、生のイカをさばいて寿司ネタにすることは朝飯前と言いたいところですが、実はあまりやったことがないのです。というのはイカは鮮度が落ちやすいので、もしかしたら生臭いのではないかと、つい二の足を踏んでしまうのです。これはいかんと鮮度のいいスルメイカを探しにスーパーへ出掛けたのです。すると鮮魚コーナーへ行く前の寿司コーナーでこんなものを見つけてしまいました。その名もイカづくし。「うん、うまい。やっぱイカは人にさばいてもらうに限る」