さいとうたかを「ゴルゴ13(526)」 | ロロモ文庫

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氷上の砦

NHLペンギンズのゴールキーパーであるフィッシャーに引退は早いんじゃないですかと聞く新聞記者。「いや、もうボロボロさ。右膝の古傷が悲鳴を上げているし、スタミナも若いころほど持たない。今シーズン限りの引退は正しい選択だと思うぜ」「しかし、あなたはペンギンズの精神的支柱であり最高の人気者なんですから」「プロ生活ももう20年だぜ。やはりいい潮時だ。学生時代はアイスホッケーに加えいて、アメリカンフットボールとレスリングの掛け持ちでハードな毎日だったよ」

「あなたほどの人ならどのスポーツを選んでもスーパースターになれたと思うですが、なぜアイスホッケーを選んだのですか」「今更それを聞くのかい。諸君もよくご存じのはずだぜ。アイスホッケーは白人が主流の数少ないスポーツだからだ。有色人種とチームメイトになって同じロッカー室を使うなんて考えただけで虫唾が走る」「……」

「旧ソ連や北欧、東欧の連中はまだ我慢できる。あいつらは単なる田舎者ってだけで、肌の色は俺たちと変わらない。とにかく俺はアメリカのプロスポーツの世界で、有色人種どもがでかい顔してるのが気に入らないんだ」「……」「ベースボール、バスケットボール、フットボール,今じゃゴルフだって。だがアイスホッケーは違う。ここはアメリカのプロスポーツにおける白人優位の最後の砦なんだ。そし手俺はゴールだけじゃなく、身体を張って、その砦を守っているんだ」

「フィッシャーさん、有色人種と言えばトロントムースが中国ナショナルチームから獲得したフォワードのドラゴン・ワン選手について意見を聞かせてきださい」「……」「アジア系選手として初のリーグ得点王を視野に入れる活躍をしていますが、週末のアトランタでの試合で、初顔合わせになりますね」「中国の山奥からやってきたガキが。まったく連中はぞろぞろと虫のように湧いてきやがる。有色人種の中でも東洋人は一番嫌いだぜ」「以前からあなたは有色人種にゴールを決められたらその場で引退すると公言していますが、そのお気持ちは」「変わらないね」

依頼を受けるゴルゴ13。「アイスホッケーのパックのスピードはシュート時には時速200キロを超える。その標的を100メートル近く離れた場所から狙撃して方向を変える事は可能だろうか。それも多くの観客とテレビ中継のカメラ、選手、レフェリーの見ている前で」「……」「そして何よりも素晴らしい動体視力を持つ、ペンギンズのゴールキーパー、フィッシャーの目の前で」「詳しく聞こうか」

「これは外部からゲームに介入する不正行為だ。君には今度対戦するムースのワン選手のシュートするパックを多くの目撃者の前で狙撃して、フィッシャーの失点を防いでほしいのだ。ただし、パックが破壊されたり、ゴール前での極端に不自然な動きによって狙撃が明らかになれば、リーグの存在そのものさえ吹っ飛びかねない」「つまりパックの出来るだけ端を狙い、動きの変化を必要最小限に抑えるような高い精度の狙撃を行わねばならないということだな」

「何より、通常の狙撃ではパック、あるいはアイスリンクに銃弾が残ってしまう。発見されれば、これ以上ない狙撃の証拠になるだろう」「外部からの手助けがなければ、フィッシャーは点を奪われる可能性が高いのか」「チームドクターの診断によると、フィッシャーの右膝はずいぶん悪い。しばらく治療に専念させろという意見だ。しかしチームリーダーとして責任感の強いフィッシャーはそれを受け入れないだろう。それにアトランタのホームリンクで行われる試合にミスターペンギンズの異名をとる人気選手のフィッシャーが出ないとファンは納得しない」「……」

「加えてワンは30年に一人の天才と言っていい。ゴールを奪われる可能性はあると言わざるを得ない」「……」「もし、ゴールを奪われればフィッシャーはその試合限りで引退するが、フィッシャーに対する政財界人の期待を考えれば、それは絶対の避けなければならない事態だ。アジア系のワンにゴールを奪われて、シーズン途中でリンクを去る事になると、タフなアメリカ人、白人保守層のスターのイメージがぶち壊しになる。フィッシャーには政治家に転向すれば大統領に昇り詰めるかもしれないほどの華がある。つまり君に多額の報酬を払っても、そのイメージを守る価値があるのだ」「わかった」リンクの氷と同じ水を使った氷の弾丸で、ゴルゴ13はワンのシュートを狙撃するのであった。

(様々な民族的出自に彩られたアメリカのスポーツ界であるが、今でも一部には根強い人種偏見が残っていると言われる。黒人の選手が白人と同じプールに入ることを拒否されることが多く、女子フィギュアスケートのオリンピック代表候補選手でさえ、有色人種だとの理由で他の選手が合同でリンクを使用することを嫌い、結局、自費でリンクを貸し切りにして練習していたとの事例も知られている)(2005年2月)