さいとうたかを「ゴルゴ13(521)」 | ロロモ文庫

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欧亜の狭間

「しばらく、グルグック博士」「ささいなミスで私をお払い箱にしたMIT(トルコ国家情報機構)の次官のあんたが、今更、私に何の用だ」「あんたをクビにしたアフメッド長官は更迭された」「で、何の用だ、パイドウ」「あんたの知恵を借りたいのだ。三日前、我々のかつての宿敵PKK(クルド労働者党)名義で、トルコ国家に対し、一方的な停戦終了の宣言が出されたのをあんたも知ってるだろう」「ああ」「クルド人どもが5年ぶりに動き出したってわけだ」

(クルド人はイラク北部・トルコ南東部・イラン北西部・シリア北東部にまたがる山岳地帯に住む少数民族である。総人口は2000万人と言われ、居住する各国で差別を受けていたが、1991年の湾岸戦争からイラクに敵対する勢力としてアメリカと共同戦線を張り、今回のイラク戦争ではイラク北部を制圧。これは国内に多数のクルド人を抱えるトルコ・イラン・シリアにとって大きな脅威である)

「しかし、去年も停戦終了宣言がなされたはずだが、何も起こらなかった。今回の宣言に信憑性を感じる理由は何かね」「……」「クルド人の今一番の焦点は、占領した北イラクの領有を承認してもらえるかどうかと、米軍から権利委譲を受けたイラク暫定政府内でのクルド人の権限の拡張だろう。いわば戦果を確定させるアメリカとの駆け引きの時期だ。今、トルコやイランにいる仲間を煽って、独立戦争を仕掛けさせるとは思えない」「確かにな。その戦果を帳消しにするために、俺たちから仕掛けるなら、ともかく」「そうなれば戦争だ。私の出る幕などどこにもない」「もし仕掛けるとすれば、クルド人の中のはねっかえり分子だろう。だが俺たちはテロの被害に遭いたくないんだ。EUに入るまではな。コペンハーゲン基準とかいうお上品な基準をEUの奴らが押し付けてきたからな」

(コペンハーゲン基準はEUが加盟候補国に求める、民主主義、少数民族の尊重、政治経済的能力などの基準で、トルコには2004年末までに基準を満たしたと言えるかどうかの判断が下される)

「EUに加盟できればヨーロッパ中で商売できる。ひどいインフレで苦しむこの国で絶対に逃せないチャンスなんだ。だから今年いっぱいは絶対に内乱やテロは厳禁だ」「この国はEU加盟が悲願だったからな。なるべく表立たないように今回活動している過激分子を排除するための知恵を貸せというわけだな」「その通りだ。協力してくれ」「声明はどんな形で出されたんだ」「政府と軍のホームページあての電子メールだ」「PC機材の特定を急いでやってくれ」

PCを販売した店を割り出してるとグルグックに連絡するパイドウ。「そっちは何か思いついたか」「アメリカのおかげでこの国は地政学的に有利な位置にある。それが関係していそうだ。単純なテロではない気がする」「どういう意味だ。有利な位置とは」「会った時に説明する」

カスピ海周辺の石油パイプライン敷設の模擬図を見せるグルグック。「アメリカのイラク攻撃でエネルギー安全保障の観点から、中東以外の石油ルートが脚光を浴びている。その最右翼がカスピ海だ。ここから消費地にどうやって石油を運ぶかが問題だが、アメリカが推進して来年完成するのは、BTCパイプラインで、アゼルバイジャンからグルジアを通り、その最終目的地がトルコの地中海に面したジェイハンだ。これが完成したら、トルコは非常に戦略的に有利な立場に立てる。ロシアより短い距離で、石油積み出し港に到達し、しかも運べる量も多い。トルコに恨みを持つ勢力からすると潰したいだろう」

「エネルギーテロか?大使館やビルばかり考えていた。長いパイプラインのすべてに目を光らせるのは困難だから狙いやすい。しかもあのBTCパイプラインは土地買収の時にクルド人を追い出すに等しいやり方で土地をむしり取ったらしい」「やはり、本命はこれだな」「あとはパイプラインの付近で待つだけだな」「他に気になることはあるか」「そういえばPCのあった部屋にアクアラングやウエットスーツが置いてあったそうだ」「なに」「パイプラインが湖や谷を通るところを狙うってことか」「イスタンブールに行くぞ」「え」「ポスポラス海峡のタンカーが狙われるぞ」

タンカーに向かって箱を積んで近づくゴムボートを狙撃するMITのスパイナー。大爆発するゴムボート。「なぜ停泊中の船を」「陽動作戦だ」「え」「海峡を通過のため順番待ちしているタンカーなど、船舶が密集して停泊しているところを爆発させれば、引火しえ大火災となる。こっちに耳目を引き付けておいて、本命のBTCパイプラインを狙うつもりだったのだろう」「なるほど、さすがは博士だ。しかしこれで終わったわけだ」「いや」「え」

「クルド人の若者をそそのかした奴がいるはずだ。トルコとアメリカの出来つつある財産と、それからイスタンブールというトルコの歴史の凝縮した街を破壊するという風に持ちかけたのだが、そこには別の狙いが隠されていた」「……」「BTCパイプラインは元々採算性が悪すぎることを危ぶまれていた。イラクの世情が落ち着き、石油の安定供給が始まれば、高騰している原油価格は下落するだろう。しかも、テロで破壊されて補償が必要、というコストアップ要因が重なれば、当然採算割れを起こす」「……」

「これでアメリカ=トルコの石油は競争力がなくなる。一方のロシアはポスポラス海峡がボトルネックとなる。タンカーの順番待ちの列が出来ているところに爆弾テロの騒ぎがあれば、トルコはより通行手続きに時間をかけるようになる。つまり時間あたりの通過できる船の量は激減する」「なるほど」「そこで全く新たなビジネスプランが浮上する。カスピ海の西でなく東に流すルートが」「そうか。クルド人を利用し、石油を自国の方に導こうという謀略か」「危険思想のリストで唯一の東アジア人、そしてクルド人居住区のほど近くに住んでいた人間」「こいつだ。ガジアンテプだ」

ガジアンテプのアジトに行き、すでに頭を撃ち抜かれているガジアンテプを発見するグルグックとパイプライン。「これは」「一発で額を撃ち抜かれている」「窓を見ろ」「外から一発で標的の額を撃ち抜くなんて、ゴルゴ13の仕事か」「うむ」「やったのはゴルゴ13として、一体誰が依頼を」「さあな。いずれにしても我が国と利害の一致する、どこかの大国だろう」「アメリカか」「わからん。だが我々の運命はすでに我々だけが握っているのではないことだけは確かだ」「……」(2004年8月)