離愁 | ロロモ文庫

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陶芸家の境は琵琶湖周遊の旅をしている最中、れい子という若い娘が湖に飛び込みそうな雰囲気を見せるので、京都にいる友人の陶芸家の山口のところに連れて行く。染色の本を読むれい子に元気になりましたね、と言う境。「明日、東京からお迎えが来るそうですね」「ええ」「お母さんですか」「いいえ、叔母です。叔母といってもまだ若いんです。母の妹なんですけど姉みたい。今度のことも叔母が関係あるんです」「ほう」

京都にやってくるれい子の叔母の暁子。「れいちゃん、どういうつもりなの。あなた、本当に死ぬつもりだったの」「わかりませんわ。自分にも」「あなた、まだあのことを。私が八田さんのことなんか問題にするわけないでしょう。琵琶湖に飛び込めば小さな魚につつかれるだけよ」泣くれい子にあなたの泣き声は音楽みたいだわと言う暁子。「ちっとも悲しそうじゃなくってよ」「じゃあ、もうよしますわ。意地悪ね、叔母様」そして境を見て驚く暁子。「境さん」「ああ、あなたでしたか」

今度の騒ぎはあなたに関係あると、れい子が言っていたが、と暁子に聞く境。「あの子の結婚相手が主人と遠縁の学生なんですが、どういうわけか、私の写真を持ってたんですの。私が誘惑したとかひどいことを言いましてね。私と口をきかないと言いながら、こういう時はすぐ私を呼んだり。おかしな娘ですわ」「あなたがお好きなんでしょう」「そうかもしれません。私もあの娘が好きなんですの。でも、境さんとこうして巡り合うなんて」「もう、四年になりますか」「境さん、奥さんは?」「おととしもらいました。ところが去年の暮から胸を悪くして、ずっと信州の実家に帰っているんです」

東京に帰る列車の中で、境とはどういう関係なの、と暁子に聞くれい子。「あの方の先生で北村という芸術会員の方のところで、父の用事でお使いに行った時、お知り合いになったのよ」「でも、それだけじゃないでしょう」「どうして。それだけよ」「叔母様、とても楽しそうだった」「何言ってるの。自殺未遂を引き取りに来て楽しいってことありますか」「でも人間は不幸な者がそばにいる時が一番幸せを感じる動物だって、いつか叔母様は言ったことがありますわ」

八田と山にでも行ってたのかと思ったわと学友に言われるれい子。「私、もう八田さんとは関係ないわ」「何故。大学やめて結婚すると言ってたくせに」「だって、彼には好きな人がいるんですもの」「でも、その暁子さんて叔母様の方は何とも思ってないんでしょう」「勿論よ」「だったら騒ぐことないじゃない」「だって口惜しいわ」「あなたの叔母様なんだから、いいじゃない」「そういうもんじゃないわ」

八田を家に呼ぶ暁子。「なぜ、私の写真なんかを机の上に置いたの」「れい子さんに奥さんのようになってほしかったからです。女として完成してほしかったからです」「まあ、私のどこが完成しているの。完成なんて年寄りみたい」「すいません」「八田さん。女は男からこの世で一番愛されていると思ってもらいたい動物なのよ。あなたは思いやりが少し足りないと思うわ」「そうですね」「れい子だって、私に対してライバル意識はあると思うのよ。女ってそういうものです。八田さん、れい子を愛してやってください」「はあ。すいませんでした」

暁子の夫で大学教授の三浦は半年間のドイツ留学に向かう。四年前に三浦と婚約が決まった日、暁子は北村の作品展で説明役をする境と出会う。それから境と暁子はお互いに惹かれるようになり、鎌倉の近代美術館や深大寺などを歩き回る。しかし三浦との結婚の日が近づき、もう会えないと境に告げる暁子。『長い間、ありがとうございました』『暁子さん、思い切って言いますけど、まだ遅くないという言葉がありますね』『でも、もう遅いという言葉もありますわ。境さん、お別れしましょう。楽しかったわ』後ろ髪を引かれる思いで、三浦と結婚する暁子。

デパートで開かれる境の作品展に足を運ぶ暁子であったが、境に会うのが怖くて、そそくさと出ていく。行きつけの喫茶店で一服する暁子に声をかけるれい子。「なに、ぼんやりなされてるの」「少し疲れたの」「ねえ、境さんの個展をこの近くのデパートでやってますわ。一緒に行きません」「あら、そう」「まあ、ご存じなかったの」「ええ」「ねえ、行きましょうよ。私、境さんがどんな物を作るのか見たいわ」「見たってしょうがないわ。焼き物なんか興味ないもの」

八田のアパートに行くれい子は、自分の写真が飾られているのを見つける。「なに、これ」「ああ、去年れい子さんと山に行ったときの写真ですよ。今年も行きませんか」「こないだまでは叔母様の写真。今度は私の。なぜこんなわざとらしいことをなさるの」「僕もちょっとはそう思ったんですけど」「じゃあ、およしになればいいでしょう。こんなこと」「……」「私、今日はあなたを許してあげようと思って来たのに。私、帰ります」「待ってください」

れい子と八田はデパートに行く。八田は野球がやってるな、とテレビに近づく。「八田さん。あなた、そこで野球見てたらいいわ。焼き物なんか見るよりそっちのほうがいいんでしょう」「そうですね」境の個展に行ったれい子は、境と会う。「まあ。境さん」「やあ、元気ですか」境は今朝暁子がここに来たとれい子に言う。「お見かけしてので、ご挨拶しようと思ったら、行ってしまいました」「そうでしたの」「あの、お時間があったら、お茶でもどうですか」八田をほっといて境とお茶を飲みに行くれい子。

昨日、境と会ったと暁子に話すれい子。「それで、今日、境さんの家に行くと約束したの」「何しに行くの」「琵琶湖の時の話でもしようと思って。それに境さんは奥さんが御病気でいないから、時々行ってお手伝いしてあげとうと」「何言ってるの。何もできない癖に」「叔母様、何か言伝てがあったら、伝えますわ」「そんなものあるわけないでしょう」「叔母様、境さんの展覧会いらしたんですって。境さんが見かけたって言ってたわ」「そう」「それなのに私がお誘いしたときの、叔母様の態度は何?」「境さんによろしくね」

あの時の気持ちはわかりませんわと境に言うれい子。「自分は悲劇の主人公だと思いたかったんですわ、きっと」「呆れたね」「でも今思えば楽しい旅でしたわ」「そう。僕も楽しかった」酒を飲んで酔った境に、暁子とどういう関係なのか知りたいと言うれい子。「叔母様、僕とのことを何かおっしゃった?」「さあ。おっしゃったかもしれませんわ」「あなたは意地悪だ」「ええ、私はとっても意地悪です」アイヌの歌を歌おうという境。「僕は北海道の生まれだから」アイヌの歌を歌う境。

避暑に軽井沢にいる暁子を、山に行く途中だと寄るれい子。「あなた一人?八田さんたちは」「みんなは夕方の汽車なの」境と一緒に境の妻の見舞いに行ってきたというれい子。「昨夜から境さんとずっと一緒だったのよ」「そう」「境さんはおっしゃってたわ。叔母様って方は謎だって。それだけにいっそう忘れがたい方だって。酔って何もかも話してくれたわ」「そう」

「ねえ、叔母様。なぜ境さんと結婚しなかったの」「私、境さんと知り合ったのは、三浦と婚約したあとよ。婚約を破棄なんかすることになったら、私も琵琶湖に行きます。そしてれいちゃんと違って、本当に飛び込むわ」「本当は叔母様は三浦の地位や背景を失いたくなかったんじゃありません。だから境さんのことをあきらめた」「ひどい事言うのね」「当然のことですわ、私だってそうしますわ」「……」八田に重い荷物を持たせて、山登りするれい子。

大学に行った暁子は、八田と会い、れい子が境と会っているほうが自分と会っているより楽しいと言われたと聞かされる。「どういう人なんです、境さんって」「あなたが心配するような人じゃないわ。奥さんもいらっしゃるし。なんでもないのよ、きっと焼き物でも教わるつもりなんでしょう。れい子、あなたをからかってるのよ」「そうでしょうか」

「そうですとも。なんといってもれい子にはあなたが一番ふさわしい人ですもの。ね、我慢なさって」あなたのお陰で僕の生活に明るさが増したとれい子に言う境。「一緒に深大寺に行きませんか」「そこも前に叔母様と行ったところ?」「ええ」「境さんはいつも私の後に叔母様を見てらっしゃるのですね」「いけませんか」「いいですわ。私だって叔母様の変わりに境さんを愛してあげたいと思っているんですもの」

暁子は自分の家にれい子を連れて行き誓約書を書けと言う。「決して境さんのことを口にいたしません。叔母様と同じように」言われた通りに書くれい子。「じゃあ次。もう二度と境さんとお目にかかりません。叔母様と同じように」

言われた通りに書くれい子。「じゃあ二人で署名しましょう」署名する二人。「これは私が預かっておくわ。二人とももっと真面目にならなくちゃ。自分の人生に対して」「私、真面目なつもりですわ」「それが真面目じゃないのよ。実現性のないことに無駄な情熱を費やすなんて。さあ、今夜は二人で飲みましょう。つまらないことを忘れるために」

あなたお酒に酔ったことがあるの、とれい子に聞く暁子。「ええ。境さんのところで」「あら」「ごめんなさい。ついうっかり」「わざと言ったんでしょう。あなたそういうとこあるから。それで」「歌を歌いましたわ」「あの方もお歌いになったの」「ええ、あの方の歌はいつもきまってますの。アイヌの歌」「ああ、北海道だから」「私はすっかり覚えてしまいましたわ」「じゃあ歌ってごらんなさいよ」アイヌの歌を歌うれい子。「いい歌ね。私も覚えようかしら」

歌詞を書く暁子。「あら、叔母様。それさっきの誓約書じゃありません」「いいわ。どうせ裏だから」アイヌの歌を歌う二人。「覚えたわ。簡単な歌ね。ああ、いい気持ち」「あら、随分熱いわ。叔母様お熱があるんじゃない」「ううん。酔ったのよ。ねえ、れいちゃん、こんなもの破っちゃいましょうか。いいのよ、破ったって」誓約書をれい子に渡す暁子。「叔母様」「なあに」「これ破きましょうか。叔母様のために」アイヌの歌を歌いながら、誓約書を粉々にするれい子。

境と深大寺に行く約束をしたと暁子に言うれい子。「お昼に会いましたの」「そう。いいわね、れいちゃん。私も行きたいわ」「叔母様。私の代わりに行っていいのよ」深大寺で境と会う暁子。「私、今日会わないとあなたに二度と御目にかかれないと思って」「まったく驚きました。あなたがお見えになるなんて」「あの頃と少しも変わってませんわね」あの時は勇気がなかったんだと言う暁子に、今ならおありですかと聞く境。「あるかもしれませんわ。なんだか楽しいわ。家出してきたみたい」「まだよろしいんですか」「ええ。七時ごろまでに帰れば。れい子とそう約束してきたんです」

七時になっても戻ってこない暁子に苛立つれい子。帰りましょうかという境に、帰りたくないと答える暁子。「僕だって、帰したくはありません」「私、落ちるのなら落ちてもかまいません」「しかし、落ちない方が聡明というものかもしれません」口づけを交わす境と暁子。

夜遅くなって戻ってくる暁子に、もう帰ってこないかと思ったわと言うれい子。「れいちゃん。今日帰るのよそうかと思ったの。死んでしまおうとも思ったの。でも境さん、おっしゃったわ。死なない方がいいって。それが聡明ってもんだろうって。さあ、飲みましょう」「叔母様。この間のもう一度書きましょうか。やっぱりいけないわ。こんなことやめないと。私、叔母様がお帰りにならないとどうしようかと思って。叔父様がもうすぐお帰りになると言うのに」「れいちゃんはまだ子供ね」「叔母様は大人よ。大人って怖いわ。いざとなると何するかわからないんだから」誓約書を書く二人。「もう二度と境さんとはお会いしません」

ドイツから帰ってきた三浦に、叔母様が寂しがらないように随分骨を折ったのよと言うれい子は、八田にこれからどっかに行きましょうと言う。「いいんですか、僕で」「ふふ。何を言ってるのよ」