広瀬宰ベスト10 | ロロモ文庫

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広瀬宰は佐伯豊南高を卒業して東京農業大へ進学し、東都大学野球リーでは一部昇格はならず、二部リーグ2位が最高成績で、二部リーグ通算打率3割0分3厘、4本塁打を記録し、1968年ドラフト2位でロッテオリオンズに入団します。

ルーキーイヤーの1969年9月16日の阪急戦で宮本幸信からプロ初本塁打を放ち、1972年オフに江島との交換トレードで中日ドラゴンズに移籍。1974年には巨人のⅤ10を阻止する20年ぶりのリーグ優勝に貢献。9月15日のヤクルト戦ダブルヘッダー第1試合では、2回表に松岡弘から先制のソロ本塁打を放ち、古巣・ロッテとの日本シリーズでも5試合に先発出場し、第2戦では木樽正明から本塁打を放ち、シリーズ通算14打数5安打1打点を記録。

1975年オフには梅田邦三との交換トレードで、坪井新三郎と共に太平洋クラブライオンズに移籍し、1977年まで正遊撃手を務め、同年は自己最高の打率2割7分3厘を記録し、1980年よりコーチ兼任となり、1981年限りで現役を引退し、通算1090試合に出場して、2割2分4厘35本塁打194打点31盗塁をマークしたわけです。

10位は67試合に出場し1割9分6厘0本塁打8打点1盗塁をマークした1978年。9位は76試合に出場し2割3分3厘2本塁打15打点0盗塁をマークした1979年。8位は87試合に出場し1割9分4厘3本塁打13打点4盗塁をマークした1973年。7位は93試合に出場し2割1分2厘2本塁打9打点1盗塁をマークした1976年。6位は113試合に出場し1割7分7厘2本塁打12打点5盗塁をマークした1969年。

5位は104試合に出場し2割4分1厘5本塁打13打点1盗塁をマークした1975年。4位は80試合に出場し2割3分5厘6本塁打23打点5盗塁をマークした1972年。3位は114試合に出場し2割4分6厘5本塁打37打点10盗塁をマークした1971年。2位は125試合に出場し2割2分9厘5本塁打26打点2盗塁をマークした1974年。1位は103試合に出場し2割7分3厘4本塁打30打点1盗塁をマークした1977年となるわけです。