作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(377)」 | ロロモ文庫

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恋とお汁粉(後)

「それじゃ、かよさん。お汁粉を作ってください」「はい」「ま、いい香り。お豆が美味しいわ。甘味がさらりとして」「ふむ。なかなか。お汁粉はお餅の他には?」「白玉団子がありますが」「それも頂こう」「はい」「私は白玉の方が好きかも」「それじゃ、今度は栗ぜんざいを頂きましょうか」「はい」「小豆に栗と言ったら、女の大好物ね」「濃厚で格調高い味だよ。栗がたまらないねえ」「それなら栗きんとんもございますが」「頂こう」

「きんとんって後をひくのよね。一口食べるとまた一口食べたくなって」「ははあ。このきんとんの味はさいかめ屋の味だな」「え、わかりますか」「きんとんはサツマイモで作りましたが、その煮方も味のつけ方は正一さんに教わった通りなんです」「なるほどね。これを食べてみて、加川さんのお父さんの言うことが正しいことがはっきりわかった」「え」

説明する山岡。「こういう店に来る人は甘い物を食べたいと言う強烈な欲求を持っていることを忘れちゃいけない。単にお茶を飲んでお喋りするなら、洒落た喫茶店がいくらでもある。こういう店に売る人はただ甘い物を食べたい一心で来るんだ。他のことは眼中にない。だからこういう店に来る人の甘い物を食べたいと言う要求にどう答えるかが問題なんだ」

「単に甘い物を食べたければ、和菓子でも洋菓子でも買って食べればいい。それなのに甘い物屋に来るのはなぜか。答えは簡単。お菓子を買って食べたのでは得られない満足感を求めているんだ。一椀のお汁粉で、手足の先までしびれるような満足感を得たいと思っているんだよ」「それでは問題と言うのは」

「この店のお汁粉はその一杯で甘い物に飢えている人を満足させることができるかってこと。俺だけじゃなく、栗田さんもお汁粉やぜんざいをどれだけ食べたと思う」「あ」「これは食後の甘い物として出たり、あるいは何杯もお代わりはできるのならいい。でも本格的な甘党をこの汁粉一杯で満足させる力はない」「だから正一さんのお父様は素人料理だ、お金を取って食べさせるものじゃないと仰ったのね」

「それを加川さんがわからなかったのは不誠実だからじゃない。加川さんはさいかめ屋の跡継ぎとして和菓子一筋に来た。和菓子はそれ一個で満足してしまうような力があっては、かえって困る。お茶席に使えないし、食後の楽しみとしても使えない。だから上品に軽く作る。そういうものを作り続けてきた人に、甘い物屋の味の組み立てはわからない。あのきんとんの味は和菓子の味だ。甘い物屋の味じゃない」「そ、そうか。私は至らなかった。よし、父を唸らせる汁粉を作ってみせます」

蜜屋に来た父に新しい汁粉の味見をしてくれと頼む正一。「むう。透明な珠が沢山入ってるな。白玉より表面はさらにぬめぬめして、弾力があり、味は爽やか」「これはタピオカです。東南アジアでは常食されている芋で、その粉で作ったのがこの珠です。芋の澱粉とは思えない上品な味で、小豆の味に柔らかくなじむようです」

「タピオカか。中華料理のデザートで同じようなものを食べたことがあるな」「ええ、中華料理に詳しい人から、それを聞いて作ってみたのです。中華の汁粉に合うのなら、和風の汁粉にも合うだろうと。それに日本ではタピオカは一般的ではありません。このタピオカの汁粉をこの店に来れば食べられる。となればお客様はこの店に来る価値があると言うことになります」

「むう。汁粉の味付けもだいぶ変わったが」「はい、この間、食べて頂いたのは、美味しいことは美味しいけれど、一杯でお客様を満足させる力がありませんでした」「むうう、そこに気が付いたか」

説明する正一。「かよとお義母さんに聞くと、それまでの作り方は前の晩に豆を水に漬け、朝、煮始めて、昼前に仕上げるものでした。これではさっぱりと上品に仕上がりますが、力が弱いのも事実です。一方、お汁粉を一晩寝かせて翌日もう一度煮ると、味はどっしりと力強くなり、濃厚で風味も強い物になります」

「さらに、同じ製法の餡でも家庭で作るより、我々商売人が作ったほうが美味しいのは、単に技術の差だけでなく、一度に作る分量が商売人の方が多いからです。大量に煮込む方が、豆は不思議に美味しく煮上がる」

「そこで今までの3倍の量の豆を一度に煮て、それをいったん寝かせて、次の日から3日に分けて使う形に変えました。そして今まで上白糖だけでさっぱりした味付けだったのを、ザラメを混ぜ、しかも量を増やしました。その分、隠し味の塩も少量ですが増やしました。その結果、これ一杯でどんな甘党も満足できる力のある味になったと思います。しかもタピオカのおかげで、後口が実にさっぱりり心地よい」「むう」

かよの母に頭を下げる正一の父。「ご迷惑をおかけしましたが、うちの息子もようやくおたくのお嬢さんをお嫁に頂くのに、恥ずかしくない男に仕上がったようです」「まあ」「父さん」「お義父様」