東京物語 | ロロモ文庫

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1953年夏、尾道に暮らす平山周吉とその妻とみの老夫妻は、息子や娘の住む東京に旅行に出かけることになる。弁当を二人に渡し、小学校に行く小学校教師で次女の京子。おはようござんす、と挨拶する近所の主婦。「今日お発ちでござんすか」「ええ、昼過ぎの汽車で」「お楽しみでしょうなあ。東京じゃあ皆さんお待ちかねでしょうで」「しばらく留守にするんで、よろしくどうぞ」「立派な息子さんや娘さんがいて、本当に結構ですなあ。まあ、お気をつけて行ってきなはりんしゃあ」「ありがと」

東京の下町で医者をする長男幸一の妻の文子は、周吉ととみが来る準備をするため、掃除をする。おじいちゃんまだ、と文子に聞く中学生の実。「もうすぐいらっしゃるわよ」実は自分の机をどうして出したんだと文子に文句を言う。「だってしょうがないじゃない。おじいちゃんとおばあさんがこの部屋泊まるんだから」「じゃあ、僕はどこで勉強するんだ。もうすぐ試験なんだぞ」「どこだって、できるでしょう」

そこに周吉ととみを連れて現れる幸一と長女で美容院を経営する志げ。しばらく厄介になります、と言う周吉。本当によくいらっしゃいましたと二人に言う文子。「京子さん、お元気ですか」「ありがと」「お一人でお留守番で」「へえ」

実と小学生の勇を周吉たちのところに連れてくる志げ。「はい。おじいさんにおばあさん」「おお。大きうなったのお」大阪駅で三男の敬三は来ていましたかと周吉に聞く幸一。「ああ。電報を打っといたから、ホームに来とったよ」そこに現れた紀子は、周吉たちに挨拶する。「ようこそいらっしゃいました」「あんたも一人で大変じゃのお」

風呂に入る周吉。なんだか夢のようや、と紀子に言うとみ。「東京いうたら、随分遠いとこじゃ思うとったけど、昨日尾道を発って、もう今日みんなに会えるんじぇけえのお。やっぱり、長生きはするもんじゃのお」「でも、お父さんもお母さんもちっとも変わりありませんわ」「変わりゃんしたよ。すっかり年を取ってしもうのお」

夕食が終わり、くつろぐ一同。市役所の三原さんはどうしてますかと幸一に聞かれ、だいぶ前に亡くなったわい、と答える周吉。「お前、覚えとらんか、服部さん」覚えてるわ、と答える志げ。「あの人は東京に出てきているそうじぇけえ、こっちにおるうちにいっぺん訪ねてみよう思うとるんじゃ」

じゃあそろそろと幸一の家を出ていく志げと紀子。二階の部屋にあがり、寝床につく周吉ととみ。「疲れなさったでしょ」「いやあ」「でも、みんな元気で」「ううむ。とうとう来たのう」「もっとにぎやかなとこか思うとった」「ここか?」 「へえ」「幸一ももっとにぎやかなとけえ出たい言うとったけえど。そうもいかんのじゃろうなあ」

お父さんとお母さんはいつまでいるんだと夫の金子に聞かれ、四、五日はいるんじゃないかしらと答える志げ。「俺、挨拶に行かんでええかな」「いいわよ。どっとみち、うちにも来るわよ」「今日、お父さんとお母さんどうするんだい」「お兄さんがどっかに連れて行くでしょう」

幸一一家は周吉ととみを連れて外出しようとするが、幸一は急患が入ってそこに行くと言う。遅くなるかもしれないという幸一に、お父さんとお母さんはどうしましょうと聞く文子。「今度の日曜にでもどこかに連れて行くさ」外出できないと知って不満を言う実に、急患が入ったからしょうがないでしょうと言う文子。「なんでえ、嘘つき」「実。あっちに行ってらっしゃい」本当にしょうがありませんという文子に、男の子は元気があったほうがええよ、と答える周吉。

とみは勇を散歩に連れ出す。幸一も実と一緒で強情ばりじゃったと文子に言う周吉。「でも、せっかくお父さまたちがいらっしゃたのに」「いやあ、わしらはええよ」「今度の日曜にでもまた」「ありがとう。まあ、二、三日ご厄介になって、志げのとこへも行ってやろう思うとるけえ」勇に語り掛けるとみ。「勇ちゃん、あんた。大きうなったらなんになるん?あんたもお父さんみたいにお医者さんか?あんたが、お医者さんになるころ、お祖母ちゃんおるかのう」

志げのところに行く周吉ととみ。明日、お父さんとお母さんをどこか連れて行ってと金子に頼む志げ。「明日はまずいな。集金があるんだ」「そう。本当は兄さんが連れていってくれるといいんだけど。東京へ来てまだどこにも行ってないんだもん」「折角東京に来て、一日二階じゃ気の毒だよ」「しょうがないわよ。連れて行く人いないんだもん」

紀子の勤める商事会社に電話する志げは、明日周吉たちを東京見物に連れて行ってくれと頼む。「本当は私が行けばいいんだけど、ここのところ忙しくて店あけられないのよ」上司に明日休んでいいかと聞く紀子。「いいよ。日東アルミの方は大丈夫だね」「はい。今日中にやっときます」志げに大丈夫ですと答える紀子。

日曜日、紀子ははとバスで、周吉ととみを東京見物に出かける。見物の帰りに二人を自分のアパートに連れてくる紀子。部屋には8年前に戦死した紀子の夫で、二人の次男である昌二の写真が飾ってあった。「この昌二の写真はどこで撮ったんじゃろう」「鎌倉です」「いつごろ」「戦争に行く前の年です」「こげん首を曲げとるのはあの子の癖でしたなあ」「うん。そうじゃたのお」

もうほんとにかまわんでくださいよ、と紀子に言うとみ。「いいえ。なんのおかまいも出来ませんで」「ほんとに今日はおかげさんで」「いいえ。お父さまお母さまもかえってお疲れになったでしょう」「いやあ、思いがけのうあっちこっち見せてもろうて」「すみませんでしたなあ。お勤めを休ませてしもうて」「いいえ。今ちょうど暇なときですから」「それならええけど」

酒を飲んで、やっぱりうまいなあと呟く周吉。「お父さま、お酒お好きなんですの?」「へえ昔はよう飲みなさったんよ。うちにお酒が切れたら、とっても機嫌が悪うなって。ほいじゃけぇ、男の子が生れるたびに、この子が大きうなってお酒のみにならにゃあええが思うてのう」

昌二はどうじゃった、と聞く周吉に、いただきましたわ、と答える紀子。「会社の帰りなんかにどこかで飲んで。遅くなって電車がなくなると、よくここへお友達つれてきたりして。でも今から思うと懐かしい気がしますわ」「ほんまにのう。わたしら離れとったせいか、まだどっかに昌二がおるような 気がするんよ。それでときどきお父さんにおこられるんじゃけど」「いやあ、もうとうに死んどるよ。8年にもなるんじゃもん。あれもなかなか腕白なヤンチャな奴じゃったから、あんたにもいろいろ厄介か けたろう」「いいえ」「ほんまになあ、と呟くとみ。「あんたにも苦労かけて」食事をする二人を団扇で扇ぐ紀子。

だるそうに団扇を仰ぐ幸一と志げ。「お父さんとお母さん、いつまで東京にいるのかしら」「何とも言ってないかい」「うん。ねえ、兄さん、三千円出してくれない。あたしも出すから」「どうするんだい」「お父さんとお母さん、二、三日熱海にやろうと思うのよ。兄さんだって忙しいし、私も手が離せないのよ。そうかといって、紀子さんばかりに頼めないし」「うん」「熱海にいい旅館知ってるの。見晴しがよくて、とっても安いの」「そりゃいいじゃないか」「喜ぶわよ。お父さんとお母さん」「そりゃいい。実は俺もちょいと困っていたんだ」「そうよ。その方が安上がりよ」

 

熱海に行き、見晴しのいい風景を楽しむ周吉ととみ。「思いがけのう温泉にも入らしてもろうて」「ああ、思わん散財をかけたのう」「ええ気持ちですなあ」「明日は早く起きて、この辺でも歩いてみるか。静かな海じゃのお」「ええ」しかし夜になると、若い客がどさっとやってきて、酒を飲んだり麻雀を始める。そのうるささに閉口する周吉ととみ。「ひどお、にぎやかんですのお」「ああ」寝付かれず、起き上がって不機嫌そうに団扇を仰ぐ二人。

翌朝、海岸の堤防を散歩する二人。「ゆうべよう寝られなんだけえでしょう」「ううむ。お前はよう寝とったよ、いびきうかいとったよ」「そうですか」「いやあ、こんなとこあ、若いもんの来るところじゃ」「そうですなあ。京子はどうしとるでしょうなあ」「ううむ。そろそろ帰ろうか」「お父さん。もう帰りたいんじゃないんですか」「いやあ、お前が帰りたいんじゃろ。東京も見たし、熱海も見たし、もう帰るか」「そうですなあ。帰りますか」周吉は立ち上がるが、とみは立ち上がず、うずくまる。「どうした」「なんやら、今ふらっとして。でももうええんです」立ち上がるとみ。

熱海から二人が帰ってきて、もう帰ってらしたのと言う志げ。「もっとゆっくりしてらっしゃりゃいいのに、どうなすったの」「ああ。いやあ」「どうも」「熱海はどうでした」「よかったよ。ええお湯じゃった」 「見晴らしのええ宿屋で、とってもえかったよ」「そうでしょ。あすこいいのよ。まだ建ったばかりだし。混んでませんでした?」

「ううむ。少し混んどった」「なんだって帰ってらしったの?もっとゆっくりしてらっしゃりゃいいのに」「ううむ、でも、もうそろそろ帰ろうと思うてのう」「まだいいじゃありませんか。たまに出てらしったのに」「いやあ、でももう帰らんと」「京子も寂しがっとるじゃろうし」「だいじょうぶよ、お母さん、京子だってもう子供じゃないんだし 」

今日は講習会があって面倒見れないと言う志げ、どうするととみに聞く周吉。「どうします」「ううむ。また幸一んとこへ行って、迷惑かけてもなあ」「そうですなあ。紀子のとこへでも泊めてもらいますか」「いやあ、あすこも二人は無理じゃ。お前だけ行って泊めてもらえ」「じゃお父さんは?」「服部さんを訪ねてみよう思うんじゃ。なんならそこに泊まらせてもらうよ。とにかく出かけようか」「へえ」「いやあ。とうとう宿無しんなってしもうた。ははは」東京の景色を眺める二人。「おい。広いもんじゃなァ東京は」「そうですなあ、うっかりこんなところではぐれでもしたら、一生涯探しても会わりゃあせんよ」

代書屋をする服部を訪ねる周吉。「尾道はだいぶ変わっただろうな」「いや尾道は戦災を免れて、あまり変わっとらんよ」、服部は二階に部屋を学生に貸していた。どこぞで一杯と周吉を外に誘い出そうとする服部。「あの時分に警察署長をしておられる沼田さん。この近くに住んでるですわ」「今、何をしとるんですか」「息子さんはなんとか印刷の部長さんで楽隠居ですわ」

居酒屋で酒を飲む周吉と服部と沼田は、初恋話に花を咲かせる。久しぶりに酒を飲んで酩酊する周吉に、あんたのとこはええわと言う服部。「子供さんはみんなしっかりしとるけえ」「いやあ。どんなもんかのお」「うちの子が生き取ったらと、ようおばあさんと話すんじゃが」二人ともタイじゃったなあ、と言う沼田は、あんたとこは一人かと周吉に聞く。「うん。次男をな」もう戦争はこりごりじゃと言う服部に、子供言うもんはおらんにゃおらんでさびしいし、おるならおるで大変じゃと言う沼田。「だんだん親を邪魔にしよる。二つええことはないもんで。まあ行こう」「こりゃいかん。話が湿っぽうなってきた」

まあ、あんたが一番幸せじゃ、と周吉に言う沼田。「どうして」「東京へ来りゃあ、ええ息子さんや娘さんがおるし」「そりゃああんたんとこでもそうじゃ」「いやあ、うちの奴はいけん。このわしを邪魔にしよる。仕様もない奴じゃ」「でもあんた、印刷会社の部長さんじゃったら」「なんの部長さんなもんか。まだ係長じゃ。あんまり体裁が悪いんで、わしゃ人様に部長じゃ部長じゃ言うとるんじゃ。それからみると、あんたんとこは大成功じゃ。ほんまの博士じゃもんなあ」

「いやあ、今どき医者の博士はザラじゃ」「いやあ、親の思うほど子供はやってくれませんな」「そりゃ沼田さん。ちょっとあんた」「じゃあんた、満足しとるんか」「いやあ、決して満足ァしとらんが」「そうじゃろ、あんたですら満足しとらんのじゃ 。わしは悲しうなってきた」

ああ、もういけんと叫ぶ服部。「もう飲めん」しかしな、沼田さん、と言う周吉。「わしもこんど出て来るまで、もうちっとせがれがどう にかなっとると思うとりました 。ところがあんた、場末の小さい町医者で。あんたの言うことはようくわかる。あんたの言うようにわしも不満じゃ。じゃがのう、沼田さん、こりゃ世の中の親っちうもんの欲じゃ。欲張ったらきりがない。こら諦めにゃアならん、あれもあんな奴じゃなかったんじゃが、仕様がないわい。やっぱり沼田さん、東京はのう、人が多すぎるんじゃ」「そうかのう」12時になっても、愉快やのうと飲み続ける周吉と沼田。酔いつぶれる服部。

とみの肩を揉む紀子。「ああ。おおきに。もうたくさん」「いいえ」「あああ。今日の一日は長かった。熱海から戻って、志げのとこへ行って、上野公園へ行って」「お疲れになったでしょう」「あんたにも迷惑かけてのう。すまんと思うとります」「いいえ、でもほんとによく来ていただいて。もう来ていただけないかと思ってました わ」

とみの背中をなでる紀子。「どうもありがとう」横になるとみ。「なあ、紀さん。気を悪うされると困るんじゃけど、昌二死んでからも8年にもなるのに、あんたがまだああして写真なんか飾っとるのをみると、わたしはなんやらあんたが気の毒で」「どうしてなんですの」「あんたはまだ若いんじゃし」「ふふ。もう若くありませんわ」

「わたしはあんたにすまん思うて。ときどきお父さんとも話すんじゃけえど、ええ人があったら、あんたいつでも気がねなしにお嫁に行ってくださいよ」「じゃあ、いいとこがありましたら」「あんたには、今まで苦労のさせ通しで、このままじゃ、わたし、すまんすまん思うて」「いいの、お母さま。わたし勝手にこうしてますの」

「でもあんた、それじゃあんまりのう」「いいえ、いいんですの。あたし、このほうが気楽なんですの」「でもあんた、今はそうでも。だんだん年でもとってくると、やっぱり一人じゃ寂しいけえのう」「いいんです。あたし年とらないことに決めてますから」「ええ人じゃのう。あんた」「じゃあ、お休みなさい」横になって涙する紀子。

真夜中に警官に引率された周吉が酔っ払って、沼田を連れて志げの家に帰ってくる。周吉と沼田はフラフラしながら美容院の椅子に座り込む。「どうしたのよ。お父さん」「ううむ」どうしたと志げに聞く金子。「へんな人つれて来ちゃったの」「誰だい」「わからない」愉快愉快と呟く沼田。まあしょうがないわいと呟く周吉。仕様がないわねえ、と嘆く志げ。「せっかくやめてたのに、また飲んじゃって。仕様がないわねえ」「どうしたっていうんだい。どこで飲んで来たんだい」

「どこだか。だらしがないわねえ。父さん昔はよく飲んだのよ。宴会だって言うといつもグデングデンになって来てなんだかんだってお母さんを困らせたもんよ。いやでねえ、あたしたち。それがやっと京子が生れる時分から、まるで人が変ったみたいにスッカリやめちゃって。いいあんばいだと思ってたのに。また飲んで。へんな人連れて来ちゃって。いやんなっちゃうなあ」どうするという金子。「いやんになっちゃうなあ。あんた二階に行ってよ。ここに寝かせるから、ああ、いやになっちゃうなあ。だからお酒飲みは嫌いよ」渋々二人の床を準備する志げ。

紀子に、ほんまに厄介になって、と言うとみ。紀子がとみへ小さい包み紙を差し出す。「なに」「お母さまのお小遣い。ほんとに少ないんですけど」「だめです。あんた。こんなこと」「でも、気持ちだけなんですから。どうぞ」「そう。すんませんな。あんたもいろいろ入り用が多いんじゃろうに。ありがとよ、紀さん」「さ、お母さま。そろそろ」「そお」「ねえ、お母さま。またどうぞ。東京へいらっしたら」「へえ、でも、もう来られるかどうか。ひまもないじゃろうけえど、あんたもいっぺん尾道へも来てよ」「伺いたいですわ、もう少し近ければ」「そうなあ。なにしろ遠いいけのう」

二人が尾道へ帰ることになり、見送りに行く幸一と志げと紀子。あんまりお酒あがっちゃだめよ、と周吉に言う志げ。「いやあ、ゆうべは久しぶりに友達に会うたもんじゃけえ」まあ、あんまり飲まんことですね、と言う幸一。いろいろ厄介かけて、おかげで楽しかったよ、と言う周吉。「みんな忙しいのに、ほんまにお世話になって。でも、みんなにも会えたし、これでもうもしものことがあっても、わざわざ来てもらわんでもええけえ」笑う志げ。「なにお母さん。そんな心細いこと。まるで一生のお別れみたいに」「ううん、ほんまよ。ずいぶん遠いんじゃもんのう」

車中で、とみが気分が悪くなって三男の敬三の所に寄る二人。職場で先輩にそのことを話す敬三。「酔うたんでっしゃろ。長い事汽車に乗ったことがないし。昨日は偉い騒ぎでしたわ。貸ぶとん屋からふとん借りたり、お医者さん2回も呼びに行ったり」「それでどうやねん」「もうよろしいんや。今朝はもうケロッとしてますわ」「いくつやねん。お母さん」「さあ、いくつやったかいなあ、もう六十の余は過ぎてますわ 。7やったかいな、8やったかな」「年やなあ、大事にせなあかんで、孝行したい時分に親はなしや」「そうですなあ。さればとて、墓にふとんも着せられずや、ハハ」

敬三の家で、とみを気遣う周吉。「あんまり汽車が混んどったけえ、酔うたんじゃろう。もうええか」「へえ。もうすっかり」「まあ、もう一晩厄介になって。明日のすいた汽車で帰ろうよ」「へえ。京子が心配しとるでしょうなあ」「うむ」「でも、思いがけのう大阪へも降りて、敬三にも会えたし、わずか10日ほどの間に子供らみんなに会えて」「うむ」「孫らも大きうなっとって」「うむ。よう昔から子供より孫がかわいい言うけえど、お前、どうじゃった」「お父さんは」「やっぱり子供のほうがええのう」「そうですなあ」

 

「でも、子供も大きうなると変るもんじゃのう、志げも子供の時分はもっと優しい子だったじゃにゃか」「そうでしたなあ」「おなごの子あ、嫁にやったらおしまいじゃ」「幸一も変りやんしたよ。あの子ももっと優しい子でしたがのう」「なかなか親の思うようにあ、いかんもんじゃ。はは。欲を言や切りあにゃが、まあええほうじゃよ」「ええほうですとも、わたしらあ幸せでさあ」「そうじゃのう。まあ幸せなほうじゃのう」

 

幸一にお父さんたちは満足なさったしら、と聞く文子。「そりゃ満足してるよ。ほうぼう見物もしたし、熱海にも行ったしね」「そうねえ」「とうぶん東京の話でもちきりだろう」そこに志げから電話が掛かる。京子からとみが危篤と電報が来たという志げ。「おかしいねえ。今父さんから手紙が来たんだ。お母さん。具合がちょいと悪くなって大阪に酔ったけど、10日には尾道に帰ったって書いてある」電話に出ている時、幸一の所にも、しげの危篤を知らせる電報が来る。

幸一の所に行く志げ。「お母さんあんなに元気だったのにねえ。よっぽど悪いのかしら?」「うむ。よかないんだろうね。危篤だっていうんだから」「やっぱり行かなきゃいけないかしら。東京駅で妙なこというと思ったのよ。もしものことがあっても来てくれなくっていいなんて。いやなこと言うと思ったら。やっぱり虫が知らせたのね」「ううむ。しかし行かなきゃいかんだろう」

「そうねえ。行くんなら、早いほうがいいわね、忙しいんだけどなあ。ここんとこ」「とにかく今夜の夜行で発つことにするか」「そうね。どうせ行くんなら」「ああ」「ちょっと兄さん」「なんだい」「喪服どうなさる?持ってく?」「うむ、持ってったほうがいいかもわからんな」「そうね、持っていきましょうよ。持ってって役に立たなきゃ、こんな結構なことないんだもの」「そりゃそうだ」

昏睡状態で眠るとみを団扇で扇ぐ周吉。とみの寝息がやんだのを見て、話しかける周吉。「おお、どうした。暑いか。東京から子供らがみんな来てくれるそうじゃ。今京子が迎いに 行ったで。もうすぐ来る、もうすぐじゃ」再び団扇で扇いでやる周吉。再び寝息を立てるとみ、「治るよ。治る、治る。治るさあ」

東京から来た幸一たちが、とみのまわりを囲む。敬三どうしたんだろう、と呟く志げ。「遅いわね。大阪だから一番早いわけなのに」。幸一が周吉と志げを隣の部屋へ誘う。これだけ長く寝込んでいるのは脳がやられてるんです、と言う幸一。お母さん。東京に行ったのが悪かったのかのう、と言う周吉に、そんなことないでしょうと言う志げ。「あんなに元気だったんだもの」明日の朝までもてばいいと話う、と言う幸一。そうかいけんのか、と呟く周吉。号泣する志げ。「そうか。いけんのか」「僕はそう思います」「そうか。おしまいかのう」泣き続ける志げ。敬三も間に合わんか、と呟く周吉。

とみの亡骸の回りを囲む幸一たち。人間なんてあっけないものね、と言う志げ。「あんなに元気だったのにねえ。東京に出て来たのも、虫が知らせたのよ」「うむ。そうだなあ」「でも、出て来てくれてよかったわ。元気な顔も見られたし、いろいろ話もできたし。紀子さん、あんた喪服持って来た」「いいえ」「そう。持ってくりゃよかったのにねえ。京子、あんたあるの?」「ううん。ない」「じゃ借りなきゃだめね。どっかで借りときなさい。紀子さんのもいっしょに」「ええ」「でも大往生よ。お母さんちっとも苦しまないで死んじゃったんだもの」

玄関の開く音がして、敬三が現われる。迎えに来た京子にどうやと聞く敬三。泣きだす京子。「そうか、間に合わなんだか。そうやと思うたんや」家に上がって挨拶する敬三。「こんちは。あいにくと松阪の方に出張しとりましてな。遅れまして。電報もろうた時おらんかったんや。姉ちゃん」「そう」「ほんまにえらいことやったなあ、いつやったんや」「今朝、3時15分」

敬三に言う幸一。「敬三、お母さん。おだやかな顔だよ」白布を取り、すいませなんだなあ、と言う敬三。泣き出す志げ。「あ、お父さんは?」「ああ、どこかしら?」海を見詰めている周吉の所へ行く紀子。「お父さま」「ああ」「敬三さんがお見えになりました」「そうか。ああ、きれいな夜明けだった。今日も暑うなるぞ」

葬儀中に庭を見つめる敬三にどうしたんですのと聞く紀子。「どうも木魚の音いかんですわ」「どうして」「なんや知らん、お母さんがポッコポッコ小ッそなっていきよる。僕、孝行せなんだでなあ」「あのお、もうお焼香ですけど」「いま死なれたらかなわんわ、さればとて墓にふとんも着せられずや」

葬儀が終わり、この部屋から花火のことを覚えているかと言う幸一。「そうそう。住吉祭りの晩ね。敬三、覚えている」「知らん」「明るいうちは騒いでたけど、花火の始まるころはすっかりおとなしくなって」「そうそう。お母さんのひざまくらでぐうぐう寝てたわ」「あの時分はお父さんは何してたんです」「さあ。市の教育課長じゃったかなあ」「随分昔だなあ」「ほら、みんなで大三島に行ったとき」「ああ、それなら、僕も覚えとるわ。お母さん、船に酔ってしもうて」「そうじゃったかのお」「あの時分のお母さんは元気で」「お父さんももっともっと長生きしてもらわんと」「いやあ。ありがとう」

席を立つ周吉。でも何だわねえ、と言う志げ。「そう言っちゃ悪いけど、どっちかって言えば。お父さん先のほうがよかったわねえ。これで京子でもお嫁に行ったら。お父さん一人じゃやっかいよ」「まあねえ」「お母さんだったら東京へ来てもらったって、どうにだってなるけど。ねえ京子、お母さんの夏帯あったわね?」「ええ」「あれあたし、形見にほしいの。いい?兄さん」「ああ、いいだろ」「それから、細かいかすりの上布。あれまだある?」「あります」「あれも欲しいの。出しといてよ」「ええ」

戻ってくる周吉。「まあお蔭さんで、これですっかりすんだ。みんな忙しいのに遠いいとこをわざわざ来てくれて、すまなんだ。ありがとう。幸一にもみてもらえたし、お母さん満足じゃ」「いやあ、どうも お役に立ちませんで」「ただのう、こんなことがあったんじゃよ。こないだ東京へ行った時、熱海でお母さん。ちょっとフラフラッとしてのう」なぜ、それをおっしゃらなかったの、と周吉に言う志げ。「兄さんにだけでもおっしゃっときゃよかったのに」それが原因じゃないよ、と言う幸一。「やっぱり急に来たんだよ」

なんだかほんとに夢みたい、と言う志げ。「兄さん、あんた、いつ帰る?」「うむ、そうゆっくりもしてられないんだが」「あたしもそうなのよ。どお?今晩の急行」「ああ。敬三は どうするんだ?」「僕はまだよろしいんや」「そうか、じゃ今夜帰るか」「ええ、紀子さんまだいいんでしょ。もう少しお父さんのとこにいてあげてよ」「ええ」

敬三もいっしょに帰ろかな、と言い出す。「出張の報告もまだしとらんし。野球の試合もあんのや。帰りますわ」でもお父さん、これからお寂しいわね、と言う志げ。「いやあ、じきなれるよ」「お父さん。あんまりお酒飲んじゃだめよ」「いやあ。だいじょうぶだよ 。そうかい。もうみんな帰るかい。いやあ」

京子に長いことお邪魔しちゃって、と言う紀子。「夏休みに京子さん、東京へいらっしゃいよ」「お姉さん、どうしても今日お帰りんなるん」「ええ、もう帰らないと。ほんとにいらっしゃいよね。夏休み」「うん。でもよかった。今日までお姉さんにいていただいて。兄さん姉さんも、もう少しおってくれてもよかったと思うわ」「でも。みなさんお忙しいのよ」「でも、ずいぶん勝手よ。言いたいことだけ言うて、さっさと帰ってしまうんですもの」「そりゃ仕様がないのよ。お仕事があるんだから」「だったらお姉さんでもあるじゃありませんか。自分勝手なんよ」

憤慨する京子。「お母さんが亡くなるとすぐお形見ほしいなんて。あたしとても悲しうなったわ。他人同士でももっと温かいわ。親子ってそんなもんじゃないと思う」「だけどねえ京子さん。あたしもあなたぐらいの時にはそう思ってたのよ。でも子供って大きくなると、だんだん親から離れていくもんじゃないかしら。お姉さまぐらいになると、もうお父さまやお母さまとは別のお姉さまだけの生活ってものがあるのよ」「……」

「お姉さまだって、決して悪気であんなことなすったんじゃないと思うの。誰だってみんな自分の生活がいちばん大事になってくるのよ」「そうかしら。でもあたしそんな風になりたくない。それじゃあ親子なんてずいぶんつまらない」「そうねえ。でも、みんなそうなってくんじゃないかしら。だんだんそうなるのよ」「じゃお姉さんも?」「ええ、なりたかないけど、やっぱりそうなってくわよ」「いやねえ。世の中って」「そう。嫌なことばっかり」

小学校に行く京子。庭いじりを終えた周吉が、京子は出かけたか、と紀子に聞く。「ええ」周吉の前に正座して、わたくし今日お昼からの汽車で、と言う紀子。「そう帰るか」「はあ」「長いことすまなんだなあ」「いいえ。お役に立ちませんで」「お母さんも喜んどったよ。東京であんたんとこへ泊めてもろうて。いろいろ親切にしてもろうて」「いいえ」「いやあ、お母さん言うとったよ。あの晩がいちばんうれしかったいうて」「……」「お母さんも心配しとったけえど、あんたのこれからのことなんじゃがな、やっぱりこのままじゃいけんよ。なんにも気兼ねはないけえ、いつでもお嫁にいっておくれ 」「……」

「もう昌二のことは忘れてもろうてええんじゃ。いつまでもあんたにそのままでおられると、かえってこっちが心苦しうなる。困るんじゃ」「いいえ。そんなことありません」「いやあ、あんたみたいなええ人あない言うて、お母さんもほめとったよ」「お母さま。わたくしを買いかぶってらしったんですわ。わたくし、そんなおっしゃるほどのいい人間じゃありません」「……」

「お父さまにまでそんな風に思っていただいてたら、わたくしのほうこそかえって心苦しくって」「いやあ、そんなこたあない」「いいえ、そうなんです。わたくしずるいんです。お父さまやお母さまが思ってらっしゃるほど、そういつもいつも昌二さんのことばかり考えてるわけじゃありません」「ええんじゃよ。忘れてくれて」

「でも、このごろ、思い出さない日さえあるんです 。忘れてる日が多いんです。わたくし、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。このままこうして一人でいたら、いったいどうなるんだろうなんて、夜中にふと考えたりすることがあるんです。一日一日が何事もなく過ぎてゆくのがとっても寂しいんです。どこか心の隅で何かを待ってるんです。ずるいんです」「いやあ、ずるうはない」「いいえ。ずるいんです。そういうこと、お母さまには申し上げられなかったんです」

「ええんじゃよ、それで。やっぱりあんたはええ人じゃよ。正直で」「とんでもない」周吉は立ち上がり、懐中時計を持ってくる。「こりゃあ、お母さんの時計じゃけどなあ。今じゃこんなものもはやるまいが、お母さんがちょうどあんたぐらいの時から持っとったんじゃ。形見にもろうてやっておくれ」「でもそんな」「ええんじゃよ。もろうといておくれ」

泣き出す紀子。「すいません」「いやあ、ほんとにあんたが気兼ねのう、さきざき幸せになってくれることを祈っとるよ」さらに泣く紀子。「妙なもんじゃ。自分が育てた子供より、いわば他人のあんたのほうが、よっぽどわしらにようしてくれた。いやあ、ありがと」

小学校の教室で、時計を見て、紀子の乗った列車が通る時刻だと思って窓辺へ行き外を見ている京子。そこに紀子の乗った汽車が通過する。団扇で扇ぎながらひとりで座る周吉に、近所の主婦が挨拶する。「やあ」「いやあ」「みなさんお帰りんなって、お寂しうなりましたなあ」「いやあ、気のきかん奴でしたが、こんなことなら生きとるうちにもっと優しうしといてやりゃあよかったと思いますよ。一人になると急に日が長うなりますわい」「まったくなあ。お寂しいこってすなあ」去っていく近所の主婦。ああ、とため息をついて、団扇を仰ぐ周吉なのであった。