作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(272)」 | ロロモ文庫

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鮭勝負(中)

失格の理由を説明する前に私の料理を味わってほしいと言う海原。「なんだ、これは」「鮭の皮を丸めて」「ぬは、旨くて、思わず笑いが吹き上げてくるわい」「これが鮭の皮と腹の脂のところやな。皮はパリパリと香ばしく、噛むと甘い脂がじゅっと口中に溢れて」

説明する海原。「昔、北陸の大藩の殿様に無類の鮭好きがいた。その殿様は特に鮭の皮が好きだったが、鮭の皮は薄い。一匹分の皮を全部食べても物足りない。そこで、こう言ったそうだ。皮の厚さが一尺もある鮭がいたら、百万石と取り換えてもよい、と。それほどまでに鮭の皮は旨い。脂の乗った腹の身もまた旨い。その旨いところだけを焼いたのが、この料理だ。赤身の部分を切り取った腹身と皮に塩をふって、冷蔵庫の中で、2、3時間置き、炭火でこんがり焼く。そして腹身の周りに皮を巻きつけて、楊枝で止める」

次に鮭の揚げ餅について説明する海原。「鮭の赤身を目の細かい微塵切りにし、たっぷりの長ネギの微塵切りとゴマ油で和えて塩コショウし、中華の揚げ餅の生地で包んで揚げただけのものだ。鮭を料理する時にいつも気になるのは、加熱した時に赤身の部分が固くパサパサにした舌ざわりになりがちなことだ。と言うことは、逆に鮭の身に油を加えればよく合うと言うことだ。そこでゴマ油を加え、生地を練る時にラードを加えて、それを落花生油で揚げてやる。長ネギも油と相性が良く、芳香を放つ」

「むう。確かにパサパサ味気なくなりがちな鮭の赤身がなんともしっかりと」「油で揚げた物はどことなく下卑でくどい感じがするものやが、これは一本芯が通って気品がある」「おう、香菜と一緒に食べると、味はまたひとしお」

これで究極の鮭が失格になった理由がわかると思うと言う海原。「究極の方は生だけど、至高の方は火を通してある」「鮭を生のままで出したのがいけないのですか」「そうだ。それが失格の原因だ」「どうしてですか。鮭は獲れたての新鮮なものを使ったんですよ」「獲れたての新鮮な鮭だと。それではなお悪い」「な、なぜ」

寄生虫だと言う海原。「え、寄生虫」「ここにおられる方の中に、鮭を生で食べることに抵抗を感じた人間が一人もいないことは困ったことだ。平安時代から鮭は生食するものではないと言い伝えられてきているのに。非常に稀なことだが、鮭には寄生虫がいて、鮭を生で食べると、その寄生虫が人間の体に入って来て、害をなすことがあり得るのだ」「ほ、ほんとか。これは穏やかな事態ではないぞ」

説明する海原。「まず考えらえるのはアニサキスと言う寄生虫だ。アニサキスの成虫は、北洋に住むイルカ、鯨、アシカなどの海獣に寄生している。それが卵を海中に排出し、それを魚が自分の体に取り込む。鮭やマスのような北洋の魚は、アニサキスの幼虫を持っていることがある、アニサキスは人体に害を及ぼして、嘔吐や腹痛を引き起こすことあがる」

「さらに、稀なことだがサナダムシとの関係も報告されている。川には海老に似た形の極めて小さなケンミジンコと言う微生物がいて、これがサナダムシの第一中間宿主となる。鮭やマスが川にいる時、このケンミジンコを食べると、鮭やマスの筋肉の中に、サナダムシのプレロセルコイドの形で入り込む。その鮭を人間が食べると、サナダムシはプレロセルコイドの形で人間の体に入り、成虫して小腸に寄生し、消化器障害などの症状が出る」

「サナダムシの幼虫もアニサキスの幼虫も熱に弱い。またマイナス20度以下に冷凍すると2日で死ぬ。だから安全なのは、火を通すか、あるいは生なら凍らせてルイベにするかだ。ところが究極側は鮭を生のまま薄く伸ばして、2,3時間、冷蔵庫で冷やしただけで、出してきた。その鮭に万一、アニサキスやサナダムシの幼虫が寄生していいたらどうするのだ」

「大原さん、究極側のメニュー作りは後世に文化遺産を残すためだ、と言っていたが、食べ物の基本である安全を無視する手合いにそんな資格はない。この失態の道義的責任を取る道はただ一つ。おたくの紙面の第一面に今日のことの次第を詳細に報告し、東西新聞は食文化のことなど語る資格はないと自認し、究極のメニュー作りをやめることを宣言するのだ」

ふええと動揺する大原に心配はいらないと言う山岡。「俺は失格でもなんでもない」「え」