作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(262)」 | ロロモ文庫

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灼熱のお茶

アメリカから上院議員のイアン中里が来日すると山岡と栗田に言う大原。「私と彼は旧知の間柄。忙しい日程を割いて、私と一日会ってくれることになった。イアンは日系三世で子供の頃、日本に三年ほど里帰りしたこともあって、日本語はペラペラ。私がアメリカの大学に留学した時に同級生となり、それ以来の付き合いなんだ。私は彼を心からもてなしたい。何か料理を考えてくれ」「はい」「帝都新聞の嶺山社長も彼との付き合いが長いそうだ」

来日したイアンは精力的に活動するが、段々と元気を失ってしまう。「この物凄い残暑だから、お疲れになったのかしら」「ああ、暑い。山岡、栗田君。今晩頼むぞ。嶺山社長が晩餐会で出す料理をよく味わって、私の会にはそれ以上の物を出すんだ。嶺山社長には負けられんからな」

豪華絢爛な料理でイアンをもてなす嶺山を見て、焦りまくる大原。「ぬうう。あれ以上の豪華な料理になると。山岡、何がある」「大原社主、上院議員のお顔をご覧になってください」「おや。全然元気でないな。強行軍で疲れたのかな」「それもあるでしょう。でも他に理由がある気がします」「え」

うわあ暑いと呻くイアン。「君たち、まだなのかね。もう喉がカラカラだよ」「もうすぐです。ほら、あそこです」「ほう、これは昔のままの造りだね。わらぶき屋根か」

「大原」「やあ、イアン。遠いところまで引っ張り出してしまって」「ひんやりといい気持ちだな」「わらぶきで天井が高いから、中に入ると涼しいんだよ。まあ、これを一つ」「おう、香ばしい。おお、舌が焼けるほど熱いね。おう、これは美味しい。炎天下歩いてきて、喉がカラカラで。それなのにこんな熱いお茶が美味しいなんて」

「裏山の清水を汲んでくました」「あ、すまんな」「どうぞ」「へえ、黒く見えるまでに緑色が濃く、針のように細い」「玉露だよ。農薬も除草剤も使わぬ茶畑で栽培した物だから、自然で素直で柔らかな味だよ」「おや、水を入れるのかね」「玉露の繊細きまわりない風味を味わうなら、この水出し玉露が一番だ」「水出し玉露と言うのか」「ただ、これだと時間がかかるけど」「かまわないさ。ゆっくり待つさ」「すまんな」

「私は子供の頃、日本文化を学ぶために、祖父の実家でしばらく過ごしたことがある。ちょうどこんな田舎で。懐かしいなあ。本当の日本は素朴でこんなにも豊かな国なんだよな」「……」

「今回の旅は、昔からの友人たちと会うのが大きな目的の一つだったんだが、私は本当にガッカリした。昔、日本が経済的に貧しかった頃に知り合った友人たちだ。その友人たちが今はみんな金持ちになって、気前よく私をもてなしてくれる。毎日毎日豪勢で贅沢なご馳走ばかりだ。でも、豊かなのは物だけだよ。肝心な調味料が欠けている。それではどんなに豪華で贅沢な料理でも、人を心の底から喜ばせることはできない」「肝心な調味料か」

「日本人は金持ちになった。経済的には豊かになった。でも本当の意味の豊かじゃない。一番大事な物を持っていないからだ。肝心の調味料なしに贅沢な料理をむさぼり食うなんて、それじゃ世界中の誰にも好かれないよ」「さあ、どうぞ」

「キレイな色だ。エメラルド色がかった金色と言えばいいのだろうか。むふう。甘く、ほろ苦く、喉越しが快く、後口がよい。これは体の芯まで谷川の風が吹き抜けたような。炎天下歩いて来て、いきなりこの水出し玉露を飲まされても、この味がここまで理解できなかったろうね。最初に熱い焙じ茶を頂いたから。そうか。炎天下わざわざ私を歩かせたのも、この美味しさを味わわすため。この家、稲田を渡って来る甘い風。セミの声、トンボたち。なんと贅沢なんだ」

「私が君に今日ご馳走するのものは、この水出し玉露でおしまいなんだ」「大原、このあとに何か出したら私は怒るよ。私は本物の日本を味わったんだ。日本の心をね。それこそ昨日までの贅沢料理に欠けていたものだ。これ以上何を望もうか。この日本の心さえ失わなければ、日本は大丈夫だよ」「イアン」