作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(236)」 | ロロモ文庫

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世界を包む

アメリカの著名なコラムニスト3人を招いて晩餐会を開く大原。「最近、日本とアメリカの関係がギクシャクして大変心配です。我々、言論と報道に携わる者としては、両国民の互いの理解を深め、日米関係をよくするために努力したいと思います」「その両国の仲を互いに第三者である中国の料理に取りもっておらおうと言うのはよい考えだと思います」

カキの清蒸が出され、最後の一個をめぐって、じゃんけんをする山岡と富井。「あれは日本の食事の際の儀式ですか」「アメリカではコインをトスして、その裏表で勝負をつけるところを、日本ではこのじゃんけんで勝負するんです。石はハサミに勝ち、ハサミは紙に勝ち、紙は石に勝つ。それが決まりです」

納得がいかんと話し合うコラムニストたち。「ハサミが石に負けるのはわかる。紙がハサミに負けるのもわかる」「しかし、石が紙に負けるのはわからない」「石は紙に包まれても、別に傷つかない。包まれるのはなぜ負けになるんだ」「我々の社会と日本人の考え方の差なんだろうね」「ルールの違いと言うことか」「そのルールの違いは日本とアメリカの経済摩擦の原因なんだよ」「石が紙に負けると言う不合理な考えが、日本の市場を外国に対して、不公正なものにしている一因かもしれない」

待ってくださいと慌てる大原。「石が紙に負けるのは少しも不合理ではない。その石はダイヤモンドのことです。この世で一番美しいダイヤモンドも紙に包まれてしまうと、光ることも輝くこともできなくなる。これは紙に負けたことになります」「なるほど」

続いて北京ダックが出され、その味の組み合わせに溜息をつく栗田。「アヒルの皮のシャクシャクした歯ざわり、脂身の濃厚な味、ネギの辛味、キュウリの清涼感、そして甘く味つけたみそが、全体の風味をまとめあげて」「それらを一緒に春餅で包むと、その旨さは単独の時の数倍にもなって光り輝くね。まさに味のダイヤモンドだよ」

納得がいかんと話し合うコラムニストたち。「さっきはダイヤモンドは紙で包むと光も輝きも失うと言ったのに」「今度は春餅で包むと、数倍にも光り輝くと」「日本人はいつもこんな調子でアメリカ人を手玉に取ってきたんだよな」「米やスーパー・コンピューターを輸入してくれと頼んでも、口先で胡麻化し続けて」「日本ばかりが金を稼いで、アメリカは赤字が増えるのは、いつもこの手でやられるからだ」

待ってくださいと慌てる大原。「北京ダックをダイヤモンドと言ったのはたとえ話です。これは食べ物の話です。食べ物の中には、それ自身、単独で食べるより、何かに包んで食べた方が美味しくなるものは沢山あります」「へえ、食べ物の場合は包むと輝きが増すんですか」「よくわかりませんね。我々を誤魔化そうとしてるんじゃないのかな」「よろしい。では皆さんにご馳走して差し上げる。北京ダック以外に包むことによって、はるかに美味しくなる食べ物を」

むうと唸る大原。「今日はまいったなあ」「なんだか、あの人たちは最初から社主を怒らせようとしてたみたい」「私もそう感じたよ。確かにあまり友好的な態度じゃなかった」「それこそが今のアメリカと日本の関係の難しさを物語るものだよ。日本は一方的に貿易黒字をため込み、アメリカの不動産や企業を買いあさる。これではアメリカが日本に不満を持って、日本叩きに気運が生じるのも当然だ」「そうですねえ」

「それに対し、日本政府や企業もちゃんとした対応もせず、一部の人間がアメリカをバカにしたような内容のことを思い上がった態度で口にして、アメリカ側の神経を逆なでする」「このままで行くと、ひどい敵対関係に陥りますね」「今日に彼等が意地悪くからんできたのも、アメリカ全体が日本に対して抱いている意識の反映だろう。であるならば、我々は彼等にちゃんとした対応をしなければならぬと思う。ということで山岡、頼んだぞ」「え」

「私は彼等に何か包むことによって、遥かに美味しくなるものをご馳走すると約束した。お前がその準備をするんだ」「社主が勝手に約束した尻拭いをどうしてお前が」「こんな時のためにお前を会社が飼っているのだ」「ぬう」「いいか。業務命令だぞ」

コラムニスト3人に挨拶する大原。「ご帰国前の貴重なお時間を割いていただいて、まことにありがとうございます。先日のお約束通り、包むことによって、単独で食べるより、遥かに美味しくなるものを召し上がっていただきます。そのような食べ物は世界中さまざまな国で見出すことが出来るのであります」

説明する山岡。「これは羊肉のひき肉を固めて、鉄串に刺して焼いたものです。西アジアからエジプト、ギリシアあたり一帯で人気のあるカバブと呼ばれる食べ物です。これにトマトと玉ねぎをそえて、小麦粉で作った多くの地域でナンと呼ばれる薄焼きのパンに包んで食べます」「オウ、グッド」

「次は韓国風焼肉プルコギです。これをチシャに取り、ニンニクを添え、コチジャンを加えて、くるりと巻く」「オウ、グッド。牛肉の食べ方はステーキとハンバーグだけじゃないいんだね」

「次はベトナム式の春巻きです。春巻き自体が豚のひき肉と海老のすり身を混ぜ合わせたものを、小麦粉で作った皮で包んであります。それをレタスの葉に乗せ、ミントの葉、ドクダミの若葉、香菜を添えて巻きます。これにニョクマムを使ったつけ汁で食べます」「オウ、グッド。二重に包んであるんだね」

「続いて、メキシコです。トルチーヤと言って、トウモロコシの粉を水で練って焼いたものです。この中に仔牛の脳みそを炭火で焼いた物を入れて食べます」「オウ、グッド。メキシコの風景が浮かんできます」

「さて、いかがですか。北京ダックもガバブもプルコギもベトナム式春巻きも仔牛の脳みそも、春餅、ナン、チシャ、レタス、トルチーヤに包まれることで、それ自体単独で食べるより、遥かに美味しくなった。これで私どもの大原の言ったことは誤魔化しでも何でもないと言うことが、おわかり頂けたと思いますが」

大原に詫びる三人のコラムニスト。「実はあなたの心を試してみたんです」「え」「ご存知の通り、最近の日米関係はよろしくない。その最も大きな原因は互いに相手を理解し信頼しようとしない双方の利己的な態度にあると思うのです。アメリカには日本人は傲慢になったと非難する人もいます。もしそうなら、日本とアメリカの関係は悪くなる一方。そこで私たちはあなたに意地悪く絡んだ。日本で大きな影響力を持つ東西新聞のトップの対応を見れば、これからの日本をある程度占えると思ったのです」「うむ。そうだったのか」

「しかしあなたは私たちの無茶な要求に怒ったりせずに、誠心誠意答えてくれた」「こういう方が日本の指導層にいる限り、日本は大丈夫です」「皆さん、ありがとう。いろんな物を包んで食べると、単独で食べるより美味しい。人間社会もそうじゃありませんか」「おう、素晴らしい」「世界各国が協力しあえば、もっといい社会になると言うことですなあ」「包むと言うのは温かい言葉ですなあ」

「では、締めくくりにこれを」「ほほう。これは?」「ま、召し上がれ」「ぎゃああああ」「メキシコ産の極辛唐辛子だけを、一かたまり包んだんです。三人は意地悪をし、大原社主を俺を飼い犬扱いにした。これはちょっとした罰です」「ミスター大原、早速、日米協力実行の時が来ましたな」「まさに。山岡、この残った極辛唐辛子包みを全部食え。業務命令だ」