作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(224)」 | ロロモ文庫

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初もの好き

山岡に相談したいことがあると言って、大日物産の前山社長を相談する二木の父。「前山さんは美味しいものが大好きで、美食倶楽部の会員になりたいと熱望された。そこで会員である私が海原雄山氏に前山さんを紹介した」

『ふうむ、ほかならぬ二木さんの御推薦と言うことであれば』『海原さん、ありがとうございます。入会を認めていただいたお礼をさせていただかねば』『まあまあ、そんなことは』『そうだ、お礼に海原さんを鴨猟にお招きしたい。こういう趣向はいかがです。鴨猟の解禁日とボージョレ・ヌーボーの解禁日は重なります、解禁日にボージョレ・ヌーボーをやりながら、鴨を鍋にして食べる。いい趣向でしょう』『二木さん、この方の入会をお断りします。お引き取り願おう』

なるほどと呟く山岡。「海原雄山がつむじを曲げるのは当然ですね」「なぜかね。私のどこが悪いんだ」「ボージョレ・ヌーボーってボージョレの新酒のことでしょう」「うん。ボージョレはフランスのブルゴーニュ地方ボージョレで産出されるワインで、比較的軽くて、フルーティな香りがある。元来、二年くらいの若いうちに飲んでしまうワインだが、特にボージョレ・ヌーボーは、ブドウを収穫して間もない11月にはもう飲み始める新酒だ」

「ブドウの収穫は9月から10月よね」「今、解禁日がどうのと言ったけど」「ボージョレ・ヌーボーは決まりで11月の第三木曜日まで飲むことが許されないのさ。そして日本の鴨猟の解禁になるのが11月15日だ。獲物の鴨を鍋にして、ボージョレ・ヌーボーを飲むのが、何故いけないのかね」

「困ったなあ。ボージョレ・ヌーボーみたいなものを本気で旨いと思ってる人に何を言えばいいんだろう」「な、なんだと。どういう意味だ」「俺をボージョレ・ヌーボー解禁日に鴨猟に連れて行ってください。そして鴨鍋でボージョレ・ヌーボーを飲ませていただきたい」「なに」「そうすればわかります」「むう。承知した」

11月の第三木曜日に鴨猟をする前山。「山岡君。説明したまえ。この鴨とボージョレ・ヌーボーのどこが悪いんだ」「前山さん、狩猟歴は長いんですか」「いや、去年始めたばかりだ」「案内人も連れていらっしゃらないから、長いのかと思いました」「去年は腕のいい猟師を雇ったが、私を子供扱いして、細かいところまで指図しおるから、クビにしてやったわ」「なるほど。では俺の用意した肉と前山さんの鴨と比較しましょう」

「う。こっちの方が遥かに美味しい。山岡君。この鴨はどこで獲ったのかね」「これは鴨ではありません。合鴨です」「なに。合鴨と言ったら、アヒルと鴨の雑種だろう。鴨よりまずいはずじゃないか」「一概にそうとは言えませんよ。健康な環境で飼育すれば、鴨に劣らず美味しい。しかし、この鴨と合鴨の差はそういう問題ではない。この合鴨は落としてから10日経っています。この日数の差が決定的なのです」

「そうか。どんな肉でも落としてすぐの肉は旨味に乏しいのね」「10日くらい熟成させると、肉の蛋白質が分解して、旨味の元となる各種のアミノ酸を含むようになる。獲ってきた鴨は軒に吊るし、目にウジが涌いてくるころが食べ頃とさえ言います。鴨猟に熟達していれば、こんなことは常識なんですが」「ぬう。案内人の猟師の教えを乞わず、思い上がっていたわけですな」

今度はムーラン・ナ・バンと言うワインを飲んでもらうと言う山岡。「ボージョレの中で一番力のあるワインです」「ぬう。これと比べるとヌーボーはワインじゃない。アルコール入りのブドウ汁と言った感じだ」「アルコール以前の飲み物ね」

説明する山岡。「元々、ボージョレ・ヌーボーは秋の収穫の後、豊作を祝って行われるワイン祭りで捧げられたものなんだ。それを1960年代半ばにイギリス人が遊び半分で、誰が早く解禁日にロンドンに運び込むかと言うゲームを始めてから、急に世界中の流行になてしまった」「ワイン自体の品質とは無縁の初物競争ってやつね」「江戸っ子が見栄で初カツオを食べたみたいなものね」

「一種の遊びで飲むならそれも面白いけど、日本では変にボージョレ・ヌーボーをありがたがる風潮ができてしまい、まともなレストランでもヌーボーを勧めたりする始末。ヌーボーは他のボージョレと異なった独特の製法をしています。この異常に鮮やかな桃色じみた赤色を出すために、ブドウの種を潰さずに短期間で発酵させたり、この鮮やかな色を固定するために、糊状の物質を添加したり。これも馬鹿騒ぎのせいだと思います」

すっかり落ち込む前山。「いや、恥ずかしい。鴨といいボージョレ・ヌーボーといい、まるでトンチンカンなことを」「でもそれは前山さんがお若いからですわ。鴨もボージョレも思い切り若いほうがご趣味だなんて」「いや。私も若くありません。これからは熟成した男を目指したいと思います」