作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(209)」 | ロロモ文庫

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二人のスター

谷村は長年の夢だった世界的巨匠の平良監督の新作映画「烈風」をプロデュースすることになるが、ダブル主役を務める町川と滝本が些細なことで喧嘩をしたため、制作は中止になってしまう。町川と滝川と会う約束を取り付けたと山岡に言う谷村。「二人の話を聞くのに落ち着いた雰囲気で美味しい物を食べさせてくれる店を見つけてくれないか」「わかりました。岡星にしましょう」

しかし岡星は捻挫して料理不能になってしまう。「今から他の店を探せない。もう間に合わない。じきに二人が来る」「山岡さん。私は椅子に座って下ごしらえすることが出来ます。仕上げのところだけしていただければ」「えっ、俺が」

岡星に現れた町川と滝本はすぐに俺の方が人気も格も上だと喧嘩を始める。よくわかりましたと溜息をつく谷村。「お二人が和解できる道があればと思ったのですか。さあ、どんどん旨いものを出してくれ。二大スターが一緒に食事をされるのもこれが最後だろうから、気張ってくれよ」

「ほう、これは見事なマツタケだ」「丹波のマツタケです」「ムホホ。香りは極上。身もしっとり滑らかで」「こんなに美味しいマツタケは滅多に食えない」「明石のハモです」「このボタンハモは冬でも食べたいよね。このウメのタレが泣かせる」「ハモは不思議な魚だね。こってりしてあっさりしている。関東の人間がどうして食べないのか不思議だよ」

「ハモとマツタケの土瓶蒸しです」「なるほど。やるじゃないか。マツタケとハモを単独で食べさせて、その後で土瓶蒸しを出すとはな」「板前が自分の腕と材料の両方に自信がなけりゃできることじゃないな」「ううむ。この香り。胸の奥まで気持ちのよい風が吹き込むみたいだよ」「マツタケとスダチの香り、それにハモの旨味が絡まり合って、実に豊満だがさわやかな味だ」

へへえと呟く山岡。「あんたたちにその味が本当にわかるかのねえ」「なに」「そりゃまるで大根役者が名優の演技をどうこう言ってるようなもんだよ」「貴様、生意気な」「それはどうしてだ。言ってみろ」

説明する山岡。「マツタケもハモも日本料理の材料の中じゃスターだよ。それぞれ単独で食べてもとびきり美味しいのは、あんたたちが味わった通りだ。さて、その二大スターが作った土瓶蒸しはその汁の旨さに全てがある、その旨さはマツタケとハモがあってこそだ。しかし、その汁の中にマツタケもハモも影も形も現わさない。二大スターのマツタケとハモが自分の旨味を発揮しつつも、互いに相手の旨味を引き立てている」「あ」「む」

「マツタケとハモは互いに自分の方が旨いと言い張って、土瓶蒸しを台無しにしたりはしない。それは正真正銘の実力を持った大スターだからだ。これが形だけのキノコと見てくれの魚を組み合わせたなら、互いに相手を殺し合って、土瓶蒸しどころじゃなくなるよ」

「ぬう。土瓶蒸しは平良監督の烈風とすると、我々はその土瓶蒸しを台無しにしたんだから、形だけのキノコと見てくれの魚と言うことか」「滝本君、悔しくないのか。一介の板前が我々をつかまえて、形だけのスターで名優じゃないなどと」「悔しいとも。このままではすまされん」「では、どうすれば」「形だけのキノコと見てくれの魚でないことを平良監督に証明せねばなるまい」「谷村さん、平良監督に頼んでくれませんか」「我々を烈風に使って欲しいと」「ありがとう。山岡」「えっ、谷村さんはこの板前と何か」