作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(186)」 | ロロモ文庫

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挑戦精神

世界味めぐりを二回したが、写真が一つ弱い気がすると話す二木。「それで考えたのが、近城勇と言う新進気鋭のカメラマン。どの題材も撮る対象に肉薄してます」「ただ最近あちこちで賞を取って、意気盛んと言うことだ。ひどく扱いにくい男らしい」「ええ、私が交渉しますが、山岡さんと栗田さんにも手伝っていただいて」

しかしラグビーの写真撮影を終えた近城は食い物の写真なんかゴメンだと言い放つ。「俺は今のグルメブームとやらのチャラチャラしたものは大嫌いだ」「私たちの狙いは上っ面だけの遊びではありません。文化としての食を追求したいんです」「ふん。言葉だけはご大層だな」「まあ」「俺は真実を撮りたいんだ。野生動物には自然の真実が、遺跡には歴史の重たい真実が、ラグビーには人間の肉体と言う真実がある。だがグルメごっこには何の真実もない。俺の言いたいのはそれだけだ」

山岡に何とかしてと言う二木。「うーむ。しかし、あの男の言うことは正しいもんな」「そんな」悔しいわと呟く栗田。「このまま済ますわけにはいかないわ」

スタジオに来た栗田を車に乗せる近城。「この車、時代物なんですね」「ダットサンブルーバード、1959年製だ」「近城さんのように売り出しのカメラマンなら、ポルシェとかフェラーリなんかに乗っていると思ってました」「この車がおたくの仕事を引き受けないことの答えになってるんだよ」「えっ」

説明する近城。「この車はアメリカやヨーロッパに大きく遅れていた日本の自動車工業は初めて本格的に乗用車を作り始めた頃の車だよ。この車にはその頃の技術者たちの燃えるような心がこもっているよ。それは挑戦精神だ」「挑戦精神」「俺もカメラマンとして今まで誰も撮らなかったような写真を撮ることに挑戦したいんだ。この車を作った技術者たちのようにね。だが、俺にはうまい食い物の写真を撮ることが挑戦だとは、とても思えないんだよ。それがおたくの仕事を断る理由だ」

山岡と二木に相談する栗田。「あんなこと言われて、このまま引き下がったら、女がすたるわ。何か、近城さんに写真を撮る気を起こさせる方法はないかしら」「今まで見たこともない絢爛豪華な料理とか、秘境の食べ物とか。世界一の料理人に腕を競わせるとか」「カスピ海に潜って、チョウザメを捕まえて、キャビアを獲ったりするのもいいわ。フカのヒレを捕るのも絵になるんじゃない」ふうむと呟く山岡。「そういう挑戦の仕方もあるけどね。ところで飛騨の高山の朝市を取材しないか」「え」

朝市を取材する三人「わあ、キレイ」「飛騨名物、赤カブの千枚漬けだ。こっちのは、キュウリ、ナス、ミョウガ、キノコなどと赤カブを漬けたもの。しな漬けって言うんだ」「梅漬けもあるし、白菜の漬物もあるし。お漬物の宝庫ね」「おばちゃん、白菜の漬物、ちょうだい」

「随分、いろいろな味噌があるわ」「いい香り」「おばちゃん、この味噌ください」「美味しそうね、そのお味噌」「うん、大豆だけじゃなくて麦も入ってるんだ。ちょっと醤油っぽい味があるんだけど。俺はこれが好きでね」

「ここは乾物のお店ね」「干し大根、凍み豆腐、干したシメジ」「あら、この葉っぱ」「朴の木の葉を乾したものだよ。おばちゃん、これ、ちょうだい。さあ、これで揃ったぞ」「これで何ができるの」「栗田さんが近城カメラマンを口説き落とすための料理さ」「ええっ、これで?」

陣中見舞いだと言って、近城のスタジオに現れる栗田。「なにそれ」「飛騨名物の朴葉味噌です。炭火の上に乾した朴の葉を乗せて、その上で味噌を炙るんです。このお味噌に白菜の漬物を細かく切ったのを混ぜて、一緒にご飯に乗せて食べると美味しいんです」

うおおと叫ぶ近城。「味噌と白菜と米の飯。日本人はなんて貧しいんだ。こんなものが死ぬほど旨いんだからな。この朴の葉の香りもたまらないね。ちきしょう、日本人に生まれてよかったなあ」「とても素朴な味ですが、この味は日本人の魂を揺さぶります。近城さん、この素朴な感動を写真で表現することができますか」「え」

「野生動物や遺跡やラグビーのような華々しさも凄みも神秘性も、何ひとつ朴葉味噌にはありません。要するにシャッターを押せば、まぐれ当たりでいい写真を撮れることもある、と言う題材ではないんです」「何を言いたいんだ」「これまで私は見た雑誌の中で紹介されている朴葉味噌は、どの写真もこの感動を味合わせてくれる力はありませんでした。素朴で地味なモノを題材に自分の感動の大きさを表現すると言うのも、挑戦の一つではないでしょうか」「なに」「美味しい物を食べた時の感動が人間にとって価値のあるものなら、それを写真に撮ることに挑戦するのも価値のあることだと思いますが」わかったと言う近城。「挑戦してみるよ。食い物の感動を写真に撮ることに」「近城さん」