作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(108)」 | ロロモ文庫

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非常食

スキー場にある別荘に山岡達を招く真山夫婦。料理を提供する真山の友人である本土建設社長の大出。「真山もたいしたものだ。トンカツとかハンバーグしか食べられない極端な偏食だったのに、こうして鴨まで食べられるようになったとは」「そこにいる山岡さんのおかげだよ。私の偏食を治すきっかけを作ってくれたんだ。おかげで今は嫌いな物なしだ」

「しかし、真山の偏食が治ったおかげで、私もこうして料理を運ばせる甲斐があると言うものだ。今日の料理は全部指示して作らせた物ばかりです」「素敵な別荘で、一流ホテルのシェフの出張料理。夢みたいな贅沢だわ」「お金持ちって羨ましいわ。私たちなんかと全然人生観が違うでしょうね」

いいえと言う大出の妻の公子。「お金があると言うことは、必ずしもいいことじゃありません。一番よくないのは感謝する心を失ってしまうことです。なんでも思うままに手に入ると、人間は感謝の心を失いやすいのです」「それは何だ。私に対する当てつけか」「あなたは可哀想な方です。真山さんご夫妻が折角別荘にお招きくださったのに、あなたは無理矢理ご自分のホテルから料理人を出張させる。それは真山さんの友情に対する感謝のしるしではなく、自分の力を見せびらかすためなのでしょう」「ぬ。不愉快だ」

翌朝、猛吹雪になり愕然とする一同。「困ったわ。これじゃ東京に帰れない」「道路は通行止めだ。こんなことは初めてだ」怒鳴る大出。「ええい、今日は仕事の約束がいくつもあるんだ。スキーなんかに来るんじゃなかった。えらい迷惑だ」「あなた」「私が吹雪を起こした訳じゃないし、私にだって仕事がある」「あきらめましょう。吹雪には勝てないわ」

一つ困ったことがあると言う真山。「この別荘の管理人夫婦は法事に出かけているため、食料がないんです。今朝、私たちが全部まとめて買い出しに行くことにしたので」「なに?食べ物がない」「別荘ですから、いつも余分な食べ物は置いてないんです」「パン一切れないの?吹雪がやまなければ飢え死にするわ」

怒鳴る大出。「どうして昨日から食料を用意しておかなったんだ。人を呼んでおきながら無責任だ」「朝、焼き立てのパンを買いに行こうと思って。それに牛乳も搾りたて、卵も産んだばかりのものを食べてもらいたかったし」「こんなことになるなんて。お客を招待する資格はないよ」「あなた」

うるさいなあと呟く山岡。「そんな大声出されると、空きっ腹に響くから、やめてくれ」「腹が減っているなら、真山に文句を言え。お客を呼んでおいて、こんな目に合わせるんだから」「あんた、会社の社長とか言ってたけど、これっぽちのことで身勝手に騒ぎ立てる男が社長じゃ、その会社危ないね」「なに」「あんたみたいな男を社長に持った社員は可哀想だな」「この野郎」「こんなバカは相手にしてられない。何か食い物を探してこよう」

台所で食い物を探す山岡。「ひええ。見事に何もないね」「ええ。管理人夫婦は潔癖なものですから」「潔癖も度を過ぎているね。これは」「あ、管理人夫婦は保存のために、野菜を台所の裏の地面にいけていたから、もしかすると、それが残っているかも」「見てこよう。ジャガイモでもあればしめたものだ」

長ネギがいかってあったと言う山岡。「でもこれだけじゃあ」「こっちは小麦粉が出てきました。でもこれだけでは」「へえ、ごま油があるぞ。こいつはいい。小麦粉、ごま油、長ネギ。塩はあるだろうね」「ええ」「よし、ローピンができるぞ」「何それ?」「中国の家庭料理さ」

早速、ローピン作りを始める山岡。「まず、小麦粉を耳たぶくらいの固さにこねる。そしてコシを出すために、このまま放っておく。1時間ほど寝かせたら、大人の拳二つ分くらいの大きさに取って、これを麺棒でできるだけ薄く延ばす。この上にごま油をまんべんなく広げて、塩をまいて、長ネギのみじん切りを撒く」

「これを端から、なるべくぴっちりと巻いていく。棒状になったら、今度はそれを渦巻き状に巻いていく。これを麺棒で少し伸ばして、フライパンにぴっちりはまるくらいの大きさにする。これを熱したフライパンに取り、火を弱火に調節して蓋をする。しばらくして返してみて、こんがりきつね色に焼けていたら、そのまま反対側も焼く」

「いい匂い」「香ばしくて食欲をそそる匂いだわ」「美味しいわあ。長ネギとごま油とよく合うのね」「表面はパリパリで、中はしっとりと柔らかい。中国風のパイね」そこに現れる大出。「この匂いは。旨そうな食べ物の匂いだ」

ローピンを貪り食う大出。「う、旨い」「このごま油のこっくりした味が、ネギの味と出会うと、複雑な味を作り出すんだね」「たとえばアヒルの中国風の丸焼きや燻製と一緒に食べると、言うことのない旨さだよ」「助かったわ、これで今日一日生き延びたわね。吹雪もおさまったようだし」「管理人夫婦はえらいわね。よく小麦粉を取っておいてくれたわ」「長ネギも土の中にいけておくなんて、管理人夫婦のおかげね」「む。ローピンを作ったのは俺だぞ。俺には一言の感謝もないのか」

私は山岡を尊敬すると言う大出。「吹雪に閉じ込められて食べ物がないと言うだけで、私は取り乱してしまったのに、山岡さんは慌てず騒がず、食べ物の材料を探し出し、ありあわせの材料でこんなに美味しい物を作った。危機に陥った時、冷静に危機を克服する道を探すのが本当の男だよ」「……」

「空腹のところに、この一切れのローピン。私はこれまで本当に美味しいと感動する喜びを失っていた。山岡さん、ありがとう。心から感謝するよ」「あなた」