作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(98)」 | ロロモ文庫

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フォン・ド・ヴォー(後)

仔牛の骨を山岡に見せる康夫。「特に関節の部分を集めてあります」「どうしてダシを取るのに仔牛を使うの」「肉の旨味は十分成長した牛の方が上だけど、フォン・ド・ヴォーはゼラチン質の旨味を出したいので、仔牛の骨を使います。ゼラチンから出る旨味はほとんど癖がありません。仔牛の骨の方が良質のゼラチンを沢山持っていて、特に関節の部分がいいんです」「なるほど」

フォン・ド・ヴォーの作り方を説明する康夫。「骨だけをオーブンに入れて、焼き色をつけます。それに香りつけの野菜を加えます。玉ねぎ、にんじん、エシャロット、ショウガ、それに好みの香草。野菜のぶつ切りを骨の隙間に詰めて、野菜の香りを出すために再びオーブンに入れて、野菜を時々ひっくり返して、焦げないように気をつけます」

「野菜に薄く焦げ目がつくと、骨と野菜を水に張った深鍋に移します。いったん沸騰させて上に浮いたアクをすくいとります。弱火にして、セロリの葉、ポアロねぎ、エシャロットの青い部分や月桂樹の葉などを加え、さらに水煮のトマトを加えてじっくり煮込みます。頻繁にアクをすくうことを欠かさずに、このまま10時間以上煮込んだ後、こしてやると、フォン・ド・ヴォーの出来上がりです」

基本通りの作り方だと言う山岡。「たが、ただそれだけだ。肝心の旨さは十分じゃない」「何だと」「日本料理のダシはほとんど、カツオブシと昆布で取る。カツオブシも昆布も調理以前によい味が出るように念入りに手が加えてある。だから基本を守ってダシを取りさえれば、よい味が出る。ところが仔牛の骨は生のままだ」「……」

「カツオブシや昆布のように、良い味を出すための入念な加工がされていない。と言うことはカツオブシを作ったり、昆布を干しあげたりする以上に、念入りにこの調理場で手を加える必要があると言うことだ。だから、よほど素晴らしい仔牛の骨ならともかく、単に基本に忠実だけじゃ、十分によい味のフォン・ド・ヴォーは取れない」「う」

「それにもう一つ問題がある」「え」「花村さんは、この間、親父さんの料理を食べた。花村さんは親父さんの方がいい腕だと思い込んでいる。親父さんより美味しく作らないと。人間の心理として旨いとは思わないよ」「確かにその通りだ。何がなんでも親父の料理より旨いと典子さんに思ってもらわないと意味がない。しかしどうすれば」「まず、仔牛の骨から考え直そう」「え」

牛肉問屋に行く山岡たち。「昨日お届けした仔牛の骨ですが。あれはアメリカから輸入した骨ですね」「え。骨だけ輸入するってことがあるの」「はい。営業用ですが、輸入しているんです」「仔牛の種類は?」「それはわかりかねますね」

「仔牛の種類ってあるの?」「まず、一番高級とされるのは、生まれてから乳だけを飲ませて、三か月くらいまで育てた種類だ。その肉は柔らかくて、切るのにナイフがいらない。そういう仔牛は他の仔牛に比べて骨が細い。その骨で取ったフォンは味が淡泊だ」「なるほど」

「それに近いが、乳と配合飼料の両方を与えられる仔牛もある。ほかに乳牛で育てられたが、食用に回された仔牛もいる」「大雑把に言えば3種類ね」「最近はオーストラリアの広大な牧場で、十分の青草を食べて丈夫に育った仔牛を、生きたまま日本に輸入して、それがまだ仔牛のうちに食用に回されることもある。骨だけ輸入されて来る物を入れると5種類になるね。その種類ことに骨からとれるフォンの味は微妙に異なる」

なんてことだと呻く康夫。「フォン・ド・ヴォーは仔牛の骨を使えばいいと考えて、その仔牛の素性にまで思い及ばなかった」「親父さんはそういうことも考えて、フォンを取っていたんだ。だから康夫さんのフォンより旨いのは当然のことだよ。フォンは味の基礎だからね。基礎の味がしっかりしていないと、ソースを作る段階で小細工を重ねることになり、結果としてすっきりとした素直な味のソースができないことになる」「そうですね」

反省した康夫はフォンを再び作るが。山岡は物足りないという。「味にコクがない」「確かに」「骨がよくないんだ。よし、もう一度フォンを取ろう」「でも、骨は同じのしかないから、同じことになりますが」「このフォンを水で半分に薄めたもので、新しく骨を煮出すんだ」「なるほど。二番のフォンを取るやりかたもあるけど、一番のフォンで更にフォンを取れば、味が濃くなるのは当然ですね」

「フォンにも日本料理の一番ダシ、二番ダシのように、一番のフォン、二番のフォンがあるの?」「さっき取ったフォンが一番のフォン、鍋に残った骨と野菜に水を足して、もう一度煮出したのを二番のフォンと言うんだ。二番のフォンを水代わりにして、一番のフォンを取ることは多い」「その二番のフォンの代わりに、一番のフォンを水で薄めて使おうと言うのだから、これはひどい贅沢ですよ」

「これだけでもまだ不足だから、仔牛のすね肉などのゼラチン質の多い部分の肉を少し加えてやろう。中里さんも肉の部分や、鶏から取ったフォンを加えていたと思う」「それが親父のソースの旨さの秘密だったんだな」「でもほかの物を足し過ぎると、かえって味が濁ってくどくなるからね。ちょうどよい頃合いを見定めるのが難しいところだよ」「大変なのねえ。ここまで手を尽くさなければ、美味しいフォン、ひいては美味しいソースができないなんて」

三谷と花村の結婚披露宴が行われ、康夫の調理した牛ヒレ肉ステーキが主菜として出される。「美味しい。このソースの素晴らしいこと。重すぎもせず、軽くもなく、色とりどりの花が舌の上で花開くような。中里のおじさんが入院したと聞いた時、もうここで披露宴は開けないと思ったのに」「典子さん、本当におめでとう」「康夫さん、ありがとう。今日のお料理、最高の贈り物だわ」「順子と一緒にいい仕事をして、おかげで自信がつきました。俺、生まれ変わったんです」「まあ素敵。2人とも輝いているわ」