弘兼憲史「ヤング島耕作主任編(3)」 | ロロモ文庫

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STEP5

久しぶりに怜子と会う島。「ねえ、主任になって、まだ昇進祝いしてなかったわね」「お祝いなんていいよ。お互い忙しくて、ほとんど会う時間もないし」「じゃあ、早目に日時を決めて、レストランを予約しましょうよ」「そうだな」(岩田怜子とは微妙な距離感でつきあっている。何か月も会わない時があれば、一週間、毎日会うこともある。そういう意味ではお互いに相手を縛らない肩の凝らない相手だ)

亀渕に聞く島。「君は自分の個展のパンフレットをニューローンで作らせているだろう」「はい」「社長に聞いたら、タダで作らせているそうじゃないか。それは初芝の社員としてやってはいけないことだ」「あそこはいいんです。あの社長、昔、親父の事務所にいて、昔からよく知っているから」

「そういう問題じゃない。公私混同はやめてほしいと言うことだ」「大丈夫です。初芝には金銭的負担はかかりませんから」「君は何を勘違いしてるんだ。金銭的なことを言ってるんじゃない。君の社会人としての態度だ。君の個人的依頼をニューローンがかぶっているんだ。それくらいわかるだろう。今回はしょうがないけど、今後はこういうことは一切するな」「わかりました」

(販売助成部制作課は秋の全製品カタログの作成に向けて、追い込みの作業に入っていた。残業、残業の毎日だ。岩田怜子とレストランを約束した6月19日には、この作業はもう終わっているから安心だが)

「それでは失礼します」「え、もう帰るのか」「ええ。僕の担当しているページは全て完了しましたので」「完了したのなら、他の人のページを手伝ったらどうですか」「え?どうして」「いいよ、いいよ。じゃ君は帰れ」

亀渕に待てと言う島。「何か?」「さっき、「どうして」と聞いた質問に、俺なりに答えたい。まず、会社のような組織の中で仕事をする時、自分が与えられた仕事を終えればそれで終わり、と言うわけではないんだ。みんなの作業が終わって、初めて仕事が終わったと考えるべきだ。つまり会社での仕事は個人の仕事でなく、全体の仕事を完了するための分担の一つに過ぎないんだ。だから君のような考えは支持出来ない」

「僕はそう思いません。組織と個人と言うのは契約で成り立っている関係です。与えられた仕事を与えられた時間に全うすれば、契約は完了します。それで対価としての賃金がもらえる。個人と組織はそういう関係です」「その考えは間違っていないが、そんなに合理的に考えると、周りとの和が保てなくなる。それでは組織は動かない」

「和?何ですか、この古色蒼然とした日本的な思考回路は。僕は会社での仕事の位置づけは、自分の生活費を稼ぐためと割り切っています。少なくともこのやり方で会社に迷惑をかけていません」「会社の迷惑をかけてないけど、組織の士気を害している」「僕は組織ありきと言う考え方に与しません。まず個人ありきです。個人の生き方があって、その集合体が組織です。だから自分の利益を中心に考えていきたい。組織中心主義にメリットはありません」

「組織のメリットは個人の小さな失敗をカバーしてくれることだ。これがあるから失敗を恐れず、思い切った仕事ができる」「それは甘ったれた考えです。個人の失敗は個人で償うべきです。じゃ急ぎますので失礼します。個展の準備と言う個人的な仕事が残っていますから」(亀渕の言い分は一理ある。一理あるが俺は嫌いだ。傲慢だ)

 

STEP6

6月19日。大変ですと島に言う桜田。「刷り上がりが届いたので、チェックをしてみたら大きなミスがありました。新しい炊飯器の品番と価格が前の製品のまま印刷されています」「誰だ?このページを担当したのは」「僕です」「亀渕君。君か」「すみません。見逃してました。仕事のミスは自己責任ですから、全部僕がかぶります。もう一度刷り直して、その費用は個人で弁償しますから」

そういう問題じゃないと怒鳴る山室。「明日、印刷所から全国の販売会社へ配送される。刷り直しする時間なんかあるもんか」「……」方法は一つしかないと言う島。「訂正した品番と価格を上から貼り付けると言う応急措置だ」「わかりました。じゃ僕一人でやります。今から寝ないで朝までやりますから」

3万冊だぞと言う島。「1分間で5冊貼り直しても、10時間ぶっ通しでやっても3000冊だ。間に合うと思うのか」「……」助成部で余裕のある人間を全部集めろと命令する遠馬。「今から凹版印刷に行って、明日までに貼り込みを完成させるんだ」怜子はレストランに行くが、ボーイに告げられる。「先程、島様と言う方から電話がありまして、「今日は急に行けなくなった」とのことです」「え」

(貼り込み作業は印刷会社の会議室を借りて、午後4時から始まった。販売助成部から13人、印刷会社から7人の人手を得て、20人で3万冊の作業に突入した。食事をする時間なんか勿論ない。とにかく全員が「間に合わせるぞ」の気合を込めて、黙々と作業を進めた。その緊張感が手を早め、開始して8時間で何とか完了したのである)

「終わりました。どうも御苦労さまでした」「お、まだ12時だ。終電に間に合うぞ」「さ、亀渕君。俺たちも帰ろう。明日、みんなによくお礼を言っておけ」「僕は今日、この部屋に戻って、全製品カタログと一緒に一夜を過ごします」「え。どうして」「今までの自分の考え方を改めるためです。組織の中での働き方を初めて学びました。僕は間違っていました。お願いです。一人にしておいてください」

アパートに戻る島。「あれ?部屋に灯りがついている」「お帰りなさい」「岩田。どうしたんだ。その料理」「キャンセルするの勿体ないから、フルコース全部作ってもらって、持ち帰りにしたの。ちょっと冷めたけど、二人で遅いディナーを楽しみましょう」「すまんな。約束破って」「しょうはないわよ。仕事よりデートを優先する男がいたら、そんなヤツ、信用できないわ」

(この女となら結婚してもいいかな、とこの時、初めて思った。島耕作、28歳の夏)