手塚治虫「ブラック・ジャック(188)」 | ロロモ文庫

ロロモ文庫

いろいろなベスト10や漫画のあらすじやテレビドラマのあらすじや映画のあらすじや川柳やスポーツの結果などを紹介したいと思います。どうぞヨロピク。

山小屋の一夜

雨の山道を運転するブラックジャックは、途中で若い女性を乗せる。女は妊娠していた。お産ですか、と聞くブラックジャック。「はい。親元で産もうと。この山の向こうに母がおりますので」「無茶をしなさんな。なぜわざわざ歩いてここまで来たんです」「え?」「なぜ、タクシーに乗らないんです。あてましょうか。途中で降りるとあやしまれるからでしょう。おまえさんは山越えなどしない。この先にある湖に用があるんだ」「違います」

「ちゃんと顔に書いてある。親元のところに行くといっても、赤ん坊の産着ひとつ持っていないしね」断言するブラックジャック。「お前さんは湖に身を投げて死ぬつもりだ」「違います」「私はこの42号線を何回か通って、お前さんのような人を三回拾った。だからわかるのさ。そこの湖は自殺の名所だからね」女は自殺したくなった原因を語り始める。「主人が蒸発したんです。三ヶ月前。もう生きていくのに疲れました。せめて赤ん坊が生まれて死なせるより、生まれる前に」

そこで土砂崩れが発生し、道がふさがれる。ブラックジャックと女は近くの山小屋に避難する。山小屋で女は女の子を出産する。女にまだ死にたいか、と聞くブラックジャック。「生まれてしまったのは可哀想なこと。すぐに死ななければならないのだから」「あきれた強情っぱりだ」あれを見ろ、と天井を指さすブラックジャック。そこには鳥の巣があり、一羽の鳥がこちらを見つめていた。

「この前、この山小屋に泊まった時に見つけたんだ。風の強い夜だった。小屋がきしんだ時、巣が床に落ちてしまった。巣には卵が三つ入っていた。ひとつは完全に割れたが、あと二つは大きなヒビがはいって割れる寸前だった。私は卵のヒビを骨ワックスでふさいでやった。そしてそって巣を元通りにして、卵を入れておいた。母鳥はヒビわれた卵をかかえるように大事に温め続けている。産まれるかどうかわからないが」

卵はかえると思うかと女に聞くブラックジャック。「かえるわ。だって親鳥があんなに一生懸命かえそうとしているんですもの」「そうさ。動物はむやみに子供を見殺しにしない。自殺なんかもしない」親鳥はじっと女を見つめる。「お願い。そんなに私を見ないで。私をさげずんでいるの。それとも笑っているの。馬鹿な女って。お願いだがら、あっちを向いてよ」それでも親鳥はじっと女を見つめ続ける。

次の日になり、雨のあがった朝の中で、女は赤ん坊を抱えて湖を見つめる。あわてて後を追うブラックジャック。「きれいね。町へ帰って、もう一度やりなおします。お世話になりました」「車に乗って待っていたまえ」「あの鳥さんに励まされたんです。一晩中、赤ちゃんを見つめてくれて」「だろうね」山小屋に戻ったブラックジャックは天井の作り物の鳥を回収する。「お前は、もう三回も自殺を思いとどまらせているものな。まあ、つくり話もタマには悪くないってことさ」