手塚治虫「七色いんこ(53)」 | ロロモ文庫

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終幕(6)

驚く万里子。「これ、私じゃないの。私のことを書いてあるんだ。朝霞モモ子は私だったんだわ。でも、そんなはずがあるもんか。だって、私は何も覚えてないんだから。私は千里万里子よ。朝霞モモ子じゃないわ。ここに書いてあることはみんな出鱈目だ」

「そうだ、あんたがモモ子だとは何も言っていない。あんたは千里万里子刑事。七色いんこを逮捕しようとしているスケバン刑事さ」「いんこ。いつの間に戻ってきたんだ」「ここは俺の家だぜ。いつ出かけようといつ戻ろうと、俺の自由だろ。それより刑事さん、空き巣みたいに忍び込みは困るねえ。捜査令状はあるのか」

「あるとも。パパから、いや、ボスからちゃんともらってるんだ」「そうかい。じゃあ、いよいよ俺のアジトを突き止めて、俺を追いつめた気でいるんだな」「そうだとも。これでお前も年貢の納め時だぞ」「ちょっと時間をくれないかね。寄りたいところがあるんだ」

どこに行くと万里子に聞かれ、あんたに関わりのある所だと答えるいんこ。「フン。もう沢山よ、何さ、あんなインチキは追想録。あんな出鱈目な記録なんかわざと読ませて。みんな、お前の作り話なんだ。このピエロのカツラ、取ってみな。中の顔を見せてみな」「やめてくれ」「わっ、インコ。ジンマシン。ひどい。バカ」「ほら、そろそろ着くよ。ここはね、モモ子の一家がトビに襲われた場所だよ」「それがどうしたのよ。私はモモ子じゃないもの。関係ないでしょ」

車の中からインコを放すいんこ。インコめがけて襲って来るトンビたち。急いで車の中に戻るインコ。「トンビだ。きゃあ、助けて。お父さん、怖い。お父さん?私怖い。海へ車が飛び込む」「……」「この海へ車ごと落ちたわ。ずっと昔。そうだ、お父さんとお母さんと逃げてたんだ」「思い出したかい?よし、トビども、消えうせろ。もう用は終わった」

銃をぶっ放すいんこ。「いつだったか、私の父さんが運転した車が鳥に襲われて、ここから落ちたわ。そうだわ。悪いヤツに父さんが狙われて、私たち、アパートから逃げたんだ。陽介君が助けてくれて」カツラを外し、メーキャップを解いて、素顔になるいんこ。「男谷マモル?あ、あなたは、陽介君」

「思い出した?」「うん。何もかも」「よかった。君の両親はここで亡くなったんだ」「覚えてるわ。トビに襲われて。私、どうしていいかわからない」「君を混乱させてゴメンよ、でも、君にどうしてもモモ子ちゃんに戻ってほしかった」「なぜ」「僕も陽介に戻って、二人で君の両親のかたきを討ちたかったからさ」

笛を吹いてトンビを呼ぶ老人に、よく馴れたトンビだねえと話しかけるいんこ。「もう長いことそうやってトンビを飼いならしてるのかい」「わしの先祖は鷹匠でな。わしは鷹でなくトンビを餌付けしとるよ」「ところで私はテレビドラマの監督だがね。トンビに車を追いかけさせたいが、何かいい手はないですか」「そりゃ車の屋根にバラ肉をまけばいい。腹空かしたトンビなら、走ってる車でも寄って来る」

「いくらなんでも。ハハハハ」「勿論、よく飼いならされたトンビで、車を怖がらねえヤツじゃなきゃダメだ」「そんなこと無理でしょう。走ってる車に」「わしゃ何年か前に試したんだ。トンビに車を襲わせた。あっ」「その車はどうなった。海へ落ちたんじゃないかな」「知らねえ。わしゃ何も知らねえ」

老人に銃を突きつけるいんこ。「誰か頼まれて、トンビを襲わせたな。そいつは誰だ?」「人殺し」「人殺しはお前だ。本当に撃つぞ」「わしがやった。ある男が来て、百万円くれた。その男の言う車の屋根にバラ肉をまき、トンビに襲わせたのは、このわしじゃ」「その男の名は」「知らねえ」「こんな顔の男か」棟方に扮装するいんこ。「その顔じゃ。あんただ」

新聞を読みましたかと鍬潟に聞く棟方。「今度、市民公会堂で公演する七色いんことか言う道化師の出し物」「それがどうした」「<政治と財界の黒幕・鍬潟隆介の悪事を暴こうとする新聞記者・朝霞を、鍬潟の手先は車もろとも海へ落として暗殺する。運よく助かった朝霞の娘が親の敵と正義のために鍬潟をやっつける>と言う一人芝居をやるそうです」

「なんだと。これは昔の例のことそのものではないか」「ハイ。そのようで」「バカ者。あの時、貴様が事故死と言うことでもみ消したと言ったではないか。なぜこの役者が真相を知ってる」「申し訳ございません」「この七色いんこと言う役者の身元を調べろ。それからこの芝居、絶対にやらせるな。早く手を打て」

楽屋でメーキャップするいんこに満員よと言う万里子。「そうだろうね」「よく、こんなにお客が入ったなあ」「お金の力さ。俺の今まで稼いだ50億円を全部ぶちまけたんだ。この劇場を買い取って、金にあかせて切符をばらまいたんだ。もう誰にも邪魔はさせないぜ。それより、モモ子、手配の方はぬかりないかい?」「私服刑事を劇場中に手配したわ」

「ありがとう。モモ子、きっと何かが起きる。もし、俺の身に何かあっても気にするな。あいつらに俺の芝居を止めることはできない。この劇場に火事でも起こすか、それとも殺し屋を使って、俺を消すことぐらいさ」「いんこ。あんた、撃たれてしまうよ」「そしたら撃った奴を逮捕してくれ。きっとだぞ」「いんこ。死なないで。陽介君」

舞台に向かう陽介。(トミー。これから僕の戦いが始まるぞ。七色いんこの命を賭けた名演技を見てくれ)