手塚治虫「七色いんこ(28)」 | ロロモ文庫

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靭猿

玉サブローは歌舞伎役者の女形である尾上扇十郎の踊りに魅せられて、テレビに出るたびに彼の踊りを真似するようになる。お前には負けたと玉サブローに言ういんこ。「犬のくせに見上げた根性だ。一度扇十郎の舞台でも見せてやろう」

玉サブローは最初はカバンの中で大人しく見るが、次第に興奮して、扇十郎を真似て踊り出して、会場を爆笑の渦に巻き込んでしまう。

扇十郎は損害賠償と名誉棄損で5億円を求めているといんこに追う弁護士。「そんな」「扇十郎は厳しい人ですからな。これを払わないと、あなたの全財産を差し押さえて告訴するでしょう。でも別の提案もあります。お金の代わりに」「お金の代わりに?」

「あの犬を殺すこと。それも扇十郎の立ち合いの元で」「殺す?何もそこまで」「あんな与太犬を生かしておくと、またいつどこでモノマネされるかわからないから、ひと思いに殺してもらいたいと」「ウ」「明後日の夜7時、湖のほとりで扇十郎がお待ちします」

玉サブローを連れて湖に向かういんこ。(玉サブローを湖へ沈めて溺れ死なせるのか。そ、そんな、可哀想なことを。しかし、やらなければ、こっちが首を吊るほどの金を取られるんだ。どうせこいつは俺の所に押し掛けてきた厄介者だ。心を鬼にして殺してしまうか。それで、このゴタゴタが治まるなら。仕方がないな。湖の上に連れ出し、隙を見てステッキでボートから外へ叩き込むか)

玉サブローをボートに乗せて、湖の真ん中に行くいんこと扇十郎。「ここらがいいでしょう。いんこさん、さあ始めてください」ステッキを突き出すいんこ。扇十郎に会えた嬉しさにステッキの上で踊る玉サブロー。「玉サブローは一生懸命、芸を披露してるんだ」「もういいです。早く」

いんこは玉サブローを湖の中に放り込むが、すぐに湖に飛び込み玉サブローを救う。「玉サブロー、悪かった。何億払ったっていい。犬を殺すのはやめてくれ」「うう」

私は残酷でしたと反省する扇十郎。「あの犬のひたむきな芸と無邪気さに打たれて、心の氷が溶けた思いです。あの時、急に私が子供の頃に初めて演じた「靭猿」と言う狂言を思い出しました」「ほう」

「あの劇では、大名が猿回しの猿の毛皮を、自分の刀の袋にしようと思って、猿回しに猿を殺せと命令するのです。猿回しは殺そうと棒を振り上げますが、猿は気付きません。それを見て、大名は猿の哀れさに打たれて、許してやるばかりか、猿と一緒に踊り出すのです。一切を水に流しましょう。ところで、あの犬に「靭猿」をやらせてはどうでしょう。私が大名をやりますが、あの犬、猿の役をやれますか」「え」

玉サブローに喜べと言ういんこ。「お前、扇十郎と共演できるぜ」「ワーン」「早合点するな。一緒に女形になって踊るんじゃない。出し物は「靭猿」だ。お前は猿になるんだ」「ウー」「扇十郎のご指名だぞ。光栄なことじゃないか。役者は猿に始まって、狐に終わると言われてるんだ。歌舞伎の名優は子供の頃、よくこの猿の役をやってるんだぞ」「ワンワン」「逃げるな。イヤでもやらせる。まあいいから猿の真似をやってみろ」「キャンキャン」

ふてくされて「靭猿」で猿の役を演じる玉サブローに呆れるいんこ。「猿が片足上げて小便するか。バカ」