手塚治虫短編集(7) | ロロモ文庫

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暗い窓の女

どうしたと義治に聞く内田。「その顔つきは借金の申し込みじゃないな」「実はな、手術のことで」「どこが悪いんだ」「違う。君、性転換手術をやった経験があるか」「よせよ、外山。まさか女になろうって気はないだろうな」「今の医者は偉いよ。顔の形も変えられるし、男と女も変えられる。でも肉親を赤の他人にすることはできるかい」

「なんだって。たとえば、オヤジと息子の血縁を切ると言うことか。そりゃ法律的には可能だぜ」「僕の行ってることは戸籍のことじゃない。肉体的なもんなんだ。たとえば手術や放射線で、その血のつながりをブッツリと切ることはできないもんだろうか」「そりゃ不可能だ。遺伝子ってヤツがある。染色体の中に入っているんだが、こいつがある限り、親の因子は子に伝わる。つまり血筋ってヤツだな」

「じゃあ、不可能かい」「遺伝子を人工的に変えることは錬金術と同じく不可能に等しいね。だが、どうしてそんなことを言い出すんだい」「実は妹と肉親の縁を切りたいんだ」「妹さん?由紀子さんとか。どうして?あんなに仲が良かったのに」「頼む、内田。なんとかしてくれ。オレを由紀子の兄貴なんかじゃなく、赤の他人にしてくれ」「そりゃあ無理だ。医学的には兄妹はどうしようもない」

7階でエレベーターを降り、役員室の受付に行く義治。「専務室秘書の外山をちょっと」「お兄さんでしたわね」「そうです。妹を」

義治に会社に来てはダメだと言う由紀子。「あんまり再々だと変だわ」「専務の秘書なんで心配なんだ。窓の下から見ていると、時々あいつが君にヘンな素振りを」「兄さんの気のせいよ。あの方はそんな人じゃないわ」「由紀子。この会社を辞めたほうがよくないか。こんなこと言えた義理じゃないけど。そりゃオレが大学に行けるのは由紀子が勤めてくれるおかげさ。大学を出れば、きっといい職場を見つけて君を楽にさせるよ。だけど僕は君が気になって。由紀子、愛してるよ」「ダメよ。人が来るわ」

由紀子にデスクに戻れと言う専務の栗原。「兄さんの義治君ですね。実は単刀直入で恐縮だが、私に妹さんをいただきたいんです。前々から妹さんには打ち明けようと思っていたが、肉親のあなたにまずご相談したくてね」「それはダメです」「唐突なんで無理もないが、妹さんには付き合っている男もいないらしいし、あんないい人はいない」「妹はまだ結婚には」「義治君、私は妹さんが好きなんだ」「……」

「もちろん、あなたにもお礼がしたい。あなたの就職のことで私のできることなら、なんとかお力になれると思う」「お断りします。僕の妹です。妹は誰にも渡したくないんです」「どうして私がご不満なのか。そのわけを聞かせてください」「わけなんかない。妹を他人にやるのがイヤなんです」「……」

家に戻って、義治に聞く由紀子。「専務さんと何かやりあったの?すごくご機嫌が悪かったわ」「あんなヤツ。君を欲しいと言ったのさ。ハハハ」裸になって抱き合う義治と由紀子。「小さいころ、こうやって風呂でくすぐりあったっけなあ。先に笑った方が負けってね」「もっと強く抱いて」

呟く義治。「鳥はいいな。世間もしきたりも何にもないんだものな。あの大空でたった二人で自由なことができるものな。なぜだ。なぜ兄と妹が愛しあっちゃいけないんだ。なぜこうやって内緒で浮気みたいに愛し合わなきゃならないんだ」

そこに訪ねてくる栗原。「会社からまっすぐ寄ったのだよ。兄さんは?」「……」「外山君、兄さんから聞いただろう。私は君を必ず幸福にしてみせる。君を愛してるんだ、外山君。なぜ兄さんが反対なのかよくわからないは、私はもう待てない。君の気持ちを知りたい」「専務、いけません」物陰から現れ、栗原を撲殺してしまう義治。「兄さん」「心配するな。由紀子」

<またも高層建築の犠牲。落下した丸太ん棒。会社重役即死>と言う記事を読む義治に、声をかける内田。「君が帰ったあと、君のいい残した言葉の意味をいろいろ考えた。そして想像がついたよ」「ほう」「君と妹さんは愛し合っているんじゃないか?どうだ、図星だろう」「……」「君が気にしているのは近親相姦と言うことだな。法律的にはもちろんダメだし、医学的にも危険だ。だが君が望むなら、法律も医学もゼロの国に行くんだな。解決はそれだけさ。じゃ、あばよ」

由紀子に聞く警部。「専務を最後に見掛けたのは」「お、覚えていません」「7時に会社を出てから、死体を発見されるまで、時間はかなり開きがあるんだが」「……」報告を受ける警部。「凶器はもっと短い鈍器を用いて、何度も殴っています」「専務の机の中からこれが」

専務のラブレターだと呟く警部。「君を思っていたんだね。<君に渡そうと思いながら、机の中に入れておいた。あなたへの私の誠意を物質に変えることは、大変卑しいこととは思いますが、あなたがそれで喜ぶのなら。あなたがいつも慕っている兄さんを、この会社に入れるように努力してみます」「……」「警部、ちょっと社長室に来てください」「今行く」

盗聴器を仕掛けて、専務室を出る警部たち。入れ替わりに専務室に入る義治。「由紀子」「兄さん、今警察が。兄さん、どうして殺したの。専務は兄さんをちゃんと会社に入れてあげるつもりだったのよ。兄さんは幸福になれたのよ」「バカ。何が幸福だ。由紀子は自分を犠牲にするつもりなのか」「由紀子は兄さんが幸せになれば、どんなガマンでもするのよ」「バカ、バカ。あの時、専務を殺さなければ、どうなったと思う」

専務室に入る警部たち。「外山義治。君を殺人罪で逮捕する」「兄さん、逃げて」「くそう」「兄さん、ダメ。ここは7階よ」7階から転落する義治と由紀子。「由紀子。今度二人で鳥に生まれような」「鳥なら兄妹だって愛し合えるからね」事切れる義治と由紀子。