VOL211
「秋といえば虫の声」(宵の口かはやかましいほど鳴いていた虫が夜中を過ぎると一匹、二匹になる)「虫も寝るのか。だったらあいつはなぜ寝ない。違う。虫の声はオスがメスを求めて羽をすり合わせる求愛行動なんだ。他のヤツらは寝てるじゃなくて、メスが見つかったんで。つまりこの草むらのそこらじゅうで虫たちがセックスしてるってことだ。それじゃあ、あいつは」
(よく便所なんかの軒下に蚊が群れていることがある。蚊柱というらしい。これも求愛行動らしく、こうしてるとメスの蚊が一匹ずつ近寄ってくる。そしてセックスするために気にいったオスを連れていく)「そうして一匹減り、二匹減り」(最後の二匹になった時、またメスがやってくる)「うわあ」
(セイウチだかオットセイだかはハーレムを作ることで有名だ。つまり一頭のオスがメスを独占するわけです。そのため壮絶な戦いをするらしい)「勝ったオスはやりたい放題。しほうだい」(一方、こちらでは何百頭の負けたオスが昼寝をしている。一人じゃないっていいよね。それにと言っていいのかどうか、そーいうやり方で産まれたことは)「みんな腹違いの兄弟なんだし」(いいよね)
VOL212
お邪魔でしたかと木村に言う江崎。「山菜採りに来たんですけどね。ここで見させてもらっていいですか」「ああ。いいよ」「いわゆるマタギって言われる方ですか」「いや。あれは東北の方でいう呼び方で、ここいらじゃただ猟師と言っとる」「獲物は何ですか」「わしゃ猪専門じゃ」「猪撃ちの名人か」「名人じゃないよ」「またまた」「なんなんだよ、それ。猟師やってるってだけで、なんで名人なわけ?」「いや」
「なんでもかんでも、すぐそうやって名人、名人って、それは普通の猟師じゃいけないってことか。お前の言ってることは、人間、能力がないとダメってことじゃないのか」「そんな」「違わないね。ダメな人間は生きてちゃいかんと」「そーいうことじゃなくて、と言うか。ダメな人間とかいないわけで、誰だってどこかしらいいものを持ってるわけで」
「ほら。いいものを持ってなくちゃいかんと言っとる。他人に対して名人なんてつい言っちゃうってことは、あなたの中にそーいう価値観があるってことなわけで、ということはあなた自身、自分が一流でない場合には、それは自分の首を絞めることにもなるでしょ」「……」「おしゃべりな猟師なんかロクなもんじゃないって思ってるんだとしたら、それは猟師という職業と個人というものをごっちゃにした」「思ってません」
VOL213
木崎に頼む佐藤。「浩一君はあなたの息子でしょう。どうしてもっと愛情を注いで」「先生だがなんだか知らんが、よけーなお世話なんだよ」「お願いします。このままでは浩一君はあなたの二の舞になってしまいます」「オレにどうしろと」「浩一君を見てやってください。注目してくれればいいんです。子供は親に見ていてほしいです」「オレがガキのこと、あんたみてーな先生と出会っていたらな」「ありがとうございます」
佐藤になんですかと聞く小池。「ご存知のように、私、今井先生と付き合ってるんですが、実は結婚を迫られてね。私は遊びのつもりだったのに。小池先生は一回でいいから今井先生とやってみたいと仰ってましたよね」「ちょっと待ってください。確かにそんな話はしたことあるけど」
「今、駅裏のラブホテルで、私が行くのを待ってるはずです。やっちゃって結構ですよ。万が一のために写真でも撮っとけば大丈夫ですから。そうするとあの女の性格からして、自分から身を引くはずですからね」「しかし、子供たちのためには身を張って行動する佐藤先生がそんな」「なーに。ただ教育に熱心なだけのゲス野郎ですよ」「うーん」
VOL214
「虫のいい会ってのがあるんです。斎藤さんもどうですか」「私は会とか団体とかそーいうのはちょっと」「今、金さえ出せばやらせてくれる女子高生や人妻がいくらもおりましょ。そーいうバカ女とナニしたあと、思い切り説教たれてみたいじゃありませんか」「なるほど。そりゃ虫がいい」「でしょう。どうしたら説教できるか皆で考える会なんです」
「したあとに「こんなことしてたらダメになるぞ」って言ってもね」「聞くやつはおらんでしょう。くそじじいとか言われるだけですね」「聞く耳なんて持っちゃいねえってとこだろうな」「そうです。つまり聞く耳も持たせればいいんですよ」「近頃はなんでも自分探しが流行らしいね」「占いなんかが流行るのもそれですかね」「ということは自分を規定してほしいわけだ。しかも説得力のある」
「誰も彼も金で寝るわけじゃないんですもんね」「ということは金で寝る女は共通点の何かがあるんだ」「子供の頃に親に愛されなかった」「やっぱり、そこへ行く?」「金になるってのは女の言い訳なんだろうね」「本当の愛に飢えてる」「セックスの時だけは間違いなく他人から必要とされてる実感が持てるんだね」「悲しいな」
「仏心なんか出してちゃ説教たれられませんよ」「そうだな。ナニのあとに、バシッと「お前は親に愛されずに育った」って言ってやるんですよ」「そうすると女はビクッとして、次にこっちが何を言うか聞こうとするわけか」「聞く耳を持つわけだね」「聞く耳さえ持たされば、あとはこっちのもの」「愛されるより愛せとかなんとかテキトーなことくっちゃべってやんのさ」「女は悔いて泣くかね」「もうボロボロだろうね」「くー」
VOL215
(私の住んでいる地域の新聞には毎週同曜日にチラシにまじって、週刊西湘という新聞が入ってきます。市の催し物やリサイクル品の案内など他愛のないものが多いのですが、<今週の屁理屈さん>という人気コーナーがあります。これは毎回、高浜署の取り調べ室での模様なのです。今週はこんなのでした)
「自分のやったことは認めるんだな」「はい。申し訳ありませんでした」「しかし、お前もあくどいことをするよな。人間だからかっとなって犯行に及ぶこともあるだろ。だけどお前のは違う。半年も前から計画してた。しかも犯行時間のアリバイまで作ってやがる。裁判だってそこんとこは注目するところでな。計画的か衝動的かで、ずいぶん違ってくるんだ。お前のやったことは人間性のかけらもねーだろ」
「それは違います」「なに」「私はものすごく人間的です。人間だからこそ計画を立てるんです。人間だからこそ捕まりたくないからこそ。犬や猫や牛や馬がアリバイを作って犯罪をするでしょうか。いいえ、しません。できないのです。私のやったことはものすごく人間的な行為なのです。もし裁判が人間性を問うならば、私はほとんど無実と言ってもいいでしょう」
(毎週こんな屁理屈さんが登場してます)
VOL216
「待ってください。私は道場とかもう関係のない人間だ」「でも、このまま天狗になってると、あの人も道場もダメになってしまいます」「あの時、高野を選んだのはあなただ」「厚かましいお願いだとはわかっています。あの人と互角に戦えるのはあなたしかいないんです」「オレと高野がマジでやりあえば命のやりとりになるかもしれん。それがわかってて言ってるんですね」「私も武道家の娘です」
「挑戦状とは恐れ入ったな。久美子に頼まれたか」「そんなことはどうでもいい。受けるのか受けないのか」「わかった」「場所と時間は」「まかせる」「次の日曜日、正午、戦場ヶ原」「どう行けばいい」「行ったことないのか」「ああ」「車で行くなら、東北自動車から日光宇津宮道路を終点まで行くと、国道119号に出るから」「免許なんか持ってない。電車で行く」「だったら東武でもJRでもいい。日光駅からタクシーだ」「わかった」
「タクシーなら」「何が言いたい。待っててもらったほうがいい。流しのタクシーが通るようなところじゃない。帰りは困るぞ」「どっちにしても正午なら前の日に日光あたりで一泊したほうがよさそうだな」「だな。紅葉は過ぎたとはいえ、日光だ。いろは坂は渋滞するかもしれん」「しれんな。今からでも予約間に合うかな」
VOL217
「教官、一つ聞いていいですか」「何ですか」「運転する時は、だろう運転じゃなく、かも運転じゃないかと」「そーいうことだな、たとえば、裏通りの交差点なんかでは子供の飛び出しなんかないだろう、じゃなくて飛び出すかもしれないと。そーいう心がけで運転をしなさいということだな。想像力を働かせるということだ」「そうなると、想像力が豊かすぎる人は怖くて運転なんかできませんね」
「ゴジラが飛び出してきたらどうするんだ、とでも言いたいのか。あなたみたいなこと言う人、たまにいるよね。なんか面白いこと言ったつもりなんだろうけど、言っとくけどそーいうのは想像力は言わんのよ。空想妄想のたぐいだ。リアリティに裏打ちされて初めて想像力だわな」「……」「ふ。痛いところつかれて、むっとしましたね。どんなことを想像すると、運転ができなくなるほど怖くなりますかね」「じゃ言うちゃる」「どうぞ」
「毎日、残業で疲れてるサラリーマンがいるんだ。今日はたまたま定時に終わり、肩が凝ってるから揉んでもらおうとマッサージのところへ行ったんです。ところがマッサージ師は今日をもって廃業。ちょうど看板を外したところだった。サラリーマンにとってはあと一人くらいという気持ちがあるから、なんとか頼みたい。しかしマッサージ師はもう金輪際人の体なんかさわりたくなかった。しばらく揉め揉まんの応酬があって、マッサージ師は「あなたは街を歩いてる人に金を出すから揉んでくれと言いますか。今、あなたはそーいうことを言ってるんですよ」と言ったんです」「……」
「そう言われたサラリーマンはかっとなって、マッサージ師が宅急便の荷物のヒモを切るために使って、そのまま下駄箱の上に置き忘れてた包丁をつかんで、マッサージ師を指してしまったんです。逃げなきゃと考えたサラリーマンは、包丁を手に(逃げるなら車だ。こうなったら一人殺すも二人殺すも同じ)とウロウロして、車を探す。そんなヤツが今、その角から。ここはバックですね、教官」「負けず嫌いだね、あんた。いいから行きなさい」