ありがたいことに、私の気持ちが落ち着くまで、片付けはゆっくりで構いませんよと言っていただいていたのもあって、半年程時間をおいていた。
スピリチュアルな事を言うようだけど、ここしばらく、出かける先々でほぼ毎日のように夫が使っていたリュックと同じもの(色やサイズ違いはあってもほぼ同じ)を目にしていて、赴任先から持って帰ってきて欲しがっているのかな、と思っていた。
そんなこともあって、よし!と片付ける決意をして、フライトの手配をした。
前回は49日を迎える前に義両親が、先方に迷惑だから早く行って片付けないと!と言うので連れて行った。
(結局、彼らは欲しいものだけを持ち帰り、片付けらしいことはしなかったのだが)
あの時の私はTシャツ1枚見てもそれに付随する思い出がどんどん出てきて、涙が溢れ胸が苦しくなってしまい、出来るなら全部持ち帰って、まだ夫の匂いが残るそれらに包まれて過ごしたいと思っていた。
結局捨てる決断が何も出来なくて、文字通り泣く泣く置いて帰ってきていた。
今回は夫の親友がわざわざスケジュールを合わせて同行してくれて、夫の職場の友人も一緒に付き合ってくれた。
みんなで部屋に入ってみると、10月のあの日のまま時が止まったかのようで、衣装ケースの中は、几帳面な夫が昨日まで使っていたように綺麗に服や下着がしまわれていた。
前回は事あるごとにウルウルしていたけど、今回は衣装持ちだったんだねぇとか、体格の大きい人だったので、なんだよコレー!デカすぎだよ!と大笑いしたり、これ着てたね、あの時の服だね、と思い出話をしたりと、笑いながらどんどんゴミ袋に入れていくことができた。
時間が薬になるということは、あちこちで見聞きするが、正直なところ薬にはならない。
えぐられた傷は決して塞がることも治ることもない。
でも、時間を置くことで起こった現象と向き合うことができるようになる。
あのとき、全てを持ち帰りそれに包まれていたいと思っていたが、今、落ち着いて考えればそんなことは難しくて、現実的ではない事を理解することができる。
傷は無くならないし、治す気もないし、あの時の気持ちや苦しみだってなかったことにはならないし、今だってウワァっと込み上げて苦しくなることだってある。
でも、時間を置くことでそれらとどう付き合って行くか、どう向き合うのかを学ぶことができた。
今回ほぼ全ての服を捨てられたことは、この数ヶ月間向き合って着た結果だと思うし、泣かなかったことも、心の整理が少しできたんだと思う。
こうやって自分の心を守りながら、新たに夫と歩んでいく方法を作っていくのだろう。
きっとしばらく行くことはないだろうけど、気が向いたら一人旅で訪れてもいいかな。
温泉とみかんが有名なところ。
