2019年11月に訪ねたサウジアラビアの旅を綴っています。
******************************
ミネラルウオーターを一気飲みしたら、植物のように元気になって歩き始めました。やっとサウジ初の世界遺産です。「ジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口」として登録されていますよ。
旧市街は、昔からこのままだったのだろうなという佇まい。
ここがジェダの中心だったころは、他国の巡礼者もみなここに泊まりメッカへ向かったのだろう。
建物はとても古いのですが、案内表示がとにかく多くて、
昔からホントに多くの人がメッカ巡礼に訪れたであろうことを想像させます。
旧市街の外回りは開発され、高いビルなど建っていますが、
一歩中へ入れば中世。
タイムスリップしたような錯覚にとらわれます。
歴史を少しご紹介すると、ジェダは7世紀に港町として誕生します。647年、第三代正統カリフであるウスマーン・イブン・アッファーンが、この漁港をメッカ巡礼者のための港として整備したことで都市が発展していきました。
そして、インド洋と紅海を結ぶ海上交易路の要衝となり、ファティマ朝、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン帝国など、エジプトを中心とする諸勢力が支配してきました。特にオスマン帝国時代はポルトガルの襲撃に備えて城壁を補強し、防衛都市としての性格も強まります。
19世紀になるとスエズ運河が開通し、地中海とインド洋が直結。ジェダは世界的な交易港としてさらに繁栄していき、商人たちは莫大な富を得ることになります。
こちらはローシャン(Rawashin)と呼ばれる木製の出窓 。これはオスマン時代のもの。
古いですが、多層階の豪華な商人邸宅は現在も旧市街の象徴的景観です。
紅海産サンゴ石を使った家屋もありますよ。これらもオスマン時代(16世紀)のもの。
こちらは、伝統的な市場(スーク) 。確かこの日は金曜で、ほとんどの店は閉まっています。
20世紀にはいると、アブドゥルアズィーズ・イブン=サウードがヒジャーズ地方を征服し、ジェダはサウード家の支配下に入ります。そして、1932年にサウード家率いるサウジアラビア王国が成立すると、ジェダはメッカ州の一都市となりました。
今では世界遺産「ジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口」として、紅海沿岸の文化交流が生んだ独自の都市景観やメッカ巡礼と深く結びついた歴史的役割を遺産として残しています。
写真には写していませんが、このモスクの周りには何をするでもなくお年寄りの男性がズラーっと座っていましたよ。
お香を焚いているように見えましたが、実際のところは何をしているかわからない男性。ゆーーっくり、のーーーんびり時間が流れていきます。
お祈りの時間になると、人気(ひとけ)のなかった旧市街のとおりにも、わさわさと人が出てきます。
バスの運転手も、アザーンを聞くや急いで出てきました。

お祈りの時間。モスクの中に入り切らず、敷地の外でお祈りするムスリムたち。

子供もこうやって小さい時からの習慣にしていくのでしょうね。お祈り姿がかわいい。
さあ、、、汗だく。一旦ホテルへ戻ろうと思います。
帰りはタクシー。
雪塩を小瓶に持参して来ています。ちょいちょい舐めてはいますが水分補給の方が圧倒的。にも関わらずトイレへ行かない。暑さと乾燥で体内のあらゆるバランスが崩れているように思う。



























