2019年11月に訪ねたサウジアラビアの旅を綴っています。
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サウジは、大学授業の半分はイスラム教の勉強だそうです。どこまでも体の隅々まで宗教が浸透しているのはどんな感じだろうと考えました。
行動や思想のすべてに規範や示しがあり、それに従って人生を歩むのは、もしかしたら楽なのかもしれない。
悩んでも、
「こんな時はこう考える」
「こういう時はこう行動する」
その回避策、対応策を宗教が示してくれている。

人生の憂いも悲観も必要ない。困った時でも必ずアッラーが助けてくれる。全てはアッラーが与えてくれ、自分をより良い方向へ導いてくれる。
実際の現実がどうであれ、そう信じて生きるのは楽かもしれない。
人生に正解や不正解、善し悪しなどありませんが、何か自分にとって重大な問題の渦中にいたり、より良い正解を模索しているような時、
また、何が最善かを深く考えあぐねるような場面で、明確な指針を示してくれる宗教はどんなにありがたいことだろうとは思う。

彼らに比べたら宗教心の薄い日本人は、そんな場面に直面した時、頼れるものも指針もなくて折れてしまう人もいるだろう。はたまた、何の論理性もない占いなどに走る人もいるのでは。それで心が救われるならまだ良いとして、それもない人は自殺するかもしれない。

実際にWHO公表データの中に、宗教圏別の自殺率をグラフ化したものがあり、無宗教の国はほかの宗教圏に比べ男女とも圧倒的に自殺率が高い。
まぁ、イスラム教は自殺を禁止していますし、ユダヤ教は自殺した家族が訴えられるケースもあるほど厳しいですのでね。
ムスリムを例に取ると、イスラム教という多くの人が信じ実績のある確固たる教えがあり、子供のころから信じて大学まで至り、生涯を通じてそれを心身に染み付かせる。
これは無宗教の自分からしてみると、弱い我々人間の宗教への依存は必要善なのかも知れないと思います。

でも私は思うのですよ。その言ってみれば古い教書にどっぷり浸かる精神世界において、新しい発想や先進技術を生むことは難しいのではないか?と。また、それを見出すための努力に欠けるのではないか?とね。
ムスリムに比べると宗教心の薄い日本人、地中資源の極めて少ない日本は、だからこそ技術大国になったのではと思います。あるいはその一因がそこにあったのではないでしょうか。日本人も宗教心がないわけではない。でも、それを生きる指針としている人はそう多くはない。
先人が未知の発想を思案しそれを形にするため失敗に失敗を重ね、悩みぬいて苦労して思考と試行を重ね、辿り着いた技術が日本を支えている。
私はメーカーで働いていますので、先人たちの作り上げたあらゆる製作物を目の当たりにしており、素直にそれを凄いと思って見ています。私の会社は、今はモノづくりをほとんどやめてしまいITに傾注していますが、それだってこれまで作り上げられてきた基盤があってこそ。
思想のサウジ、現実的なモノづくりの日本。地中資源が豊富で面積の広いサウジと、自国の地中資源のみでは必要なエネルギーの1%も賄えない日本。
対極にある両国ですが、原油を得る代わりに原油を掘るマシンの中核部品を提供する日本。さらに、原油を動力とした先進技術を開発し、その技術をサウジや世界に提供する日本。
思想と現実の間で、結局は互いを支え合っているのだなと。
今回の米国&イスラエルによるイラン侵攻で、いかに日本が原油に依存し、ホルムズ海峡の危うさに翻弄されるかを身をもって知ったと思います。ここサウジは、日本を動かすうえで欠かせないエネルギーの源だということも改めて知りましたよね。
もし、世界へ惜しみなく回せるくらい有り余る原油を日本領土内で採掘できていたら、エネルギー分野でも先端技術分野でもTOPとなり、日本は世界最強だっただろうか。
残念ながら、地中資源に依存して日本の高度技術は進歩しなかったのではとも思う。
(※サウジ人のように怠惰な日本人を想像できないけど)
そう考えると、世界は絶妙なバランスでできていますね。


