あれはまだ私が中学生の頃。ドラムを始めたばかりの頃だった。
お姉ちゃんに勧められてドラムを始めたのだけれど、私にはすごく合っていた。
その頃の私は周囲からの期待に、ストレスを感じていた。優等生優等生と期待される。期待されるって事は認められたって事。みんなから認められるのは嬉しい。でも、時にはその期待が重荷となる。
いつも、お姉ちゃん見たいに自由に過ごせたら、と思っていた。
ドラムは自由だ。
爆音に身を委ね、ロックのビートに心踊らせたなら、そのときだけ、私もお姉ちゃんみたいに自由だった。
ストレスをドラムにぶつけたら、爽やかだった。まだうまくはないんだけれど、上手くなるのが楽しい。
当初、両親は反対した。でも、私の成績が一向に下がらないこと、前より明るくなったこと、何よりお姉ちゃんの非行が少しは収まったことで、両親は心配しなくなった。
むしろ今では、お姉ちゃんのお目付け役を頼まれているくらいだ。
今日は、楽譜を買いに楽器屋に来た。
最近お気にの、銀杏boyz。
銀杏boyzの曲は、一見どろどろした歌詞で、気持ちが悪いけれど、聞いてみると愛が溢れていて、切ないんだ。聞き終わったら何故だか、爽やかなんだ。
オリコンチャートを賑わしている、嘘っぱちの恋の歌なんかより、ずっとずっと名曲だと思う。
ふとみると、スコアのコーナーにおっきな少年がいる。手にスコア。今立ち去るところらしい。
もしやと思い駆けつけたら、やっぱり銀杏boyzのスコアは売り切れだった。
がっくり肩を落としながら呟く。
「タッチの差で負けたぁ」
私が頭を抱えていると、トントンと肩を叩かれた。そして、誰かが声をかけてきた。
「もしよかったら、譲ろうか?」
いやいや、とんでもないっ!
顔をブンブン振りながら頭を上げると、人懐っこい満面の笑みを浮かべた少年が私を覗きこんでいた。
「よかったぁ。俺、どうしても欲しかったんだよねぇ」
うわ、この人……。か、かっこいい。
「な、なに?」
じっと見つめすぎたらしい。明らかに不審な顔をしている。
「おごって」
「え?」
「代わりにおごって!スタバ!」
思わず言ってしまった。
「……」
うわあ、やっちゃったかなあ。たしかにいきなりは気持ち悪いかな。
「いいよ。」
「えっ?ほ、ほんと?」
「嘘なんかついてどうすんの。ほら、いくよ」
「そ、そうだよね。じゃあ行こうっ」
会計にむかう彼の後ろについていく。
楽譜は買えなかったけど、新しい友達できそうっ。
今日はなんだか楽しくなりそうっ!
駅前のスタバ。
もう夕日がビルを赤く染める頃だった。窓からは夕日が眩しい。
「島津君は楽器って何してるの?」
「ベース。松本さんは?」
「ドラムだよ」
「わぉ!女の子のドラムって、かっちょいー!」
「あはは。そう?ありがと。ねぇねぇ銀杏boyz好きなんだ?」
「うん、スクールキルとかヤバい」
「うそ?一緒だー。わたしもすきー」
「やば!気が合うね!」
「ね!」
もうかれこれ一時間はスタバで話している。
私たち、ホントに気が合う!一緒にいてすごく楽しい。
ふと、思ったんだけど、言っちゃおうかな。やっぱり恥ずかしいから言えない。
でも、やっぱり言っちゃおう。
「ねぇねぇ、よかったらバンド組まない」
「俺たち?」
「私たち」
そしたら、彼は急に渋い表情。
「でも、俺始めたばかりだから、上手くないし」
「あたしもだよ」
「うーん」
あんまりにも真剣に悩んでたから、かわいそうに思って提案した。
「じゃあ、次に会う日までに練習してうまくなろうよ。そしたら、組もう」
「うん。そうしよう」
にっこり
彼、見た目怖い系だけど、笑うとかわいいんだ。
「じゃあ、指切り」
「ゆーびきーりげーんまーん」
指切りをしてバイバイしたら急に気がついた。
しまった、連絡先交換してない。
これからもう会うことも無いかな。
サヨナラ、私の初恋。
でも、再会は訪れた。それはまさに奇跡だった。
新勧のゲリラライブ。
彼は最前列にいた。
夢かと思った。まさか同じ高校だったなんて。
わたしは、凄く嬉しくなった。
そこからは、トントン拍子。彼は私たちのバンドの新メンバー。
ただ、彼は私のことを覚えて無いみたい。一度もスタバの話は出ない。
それでも、いーんだ。いつか振り向かせちゃうんだから。
そうだ、今日は差し入れ持って練習にいこう。
モチロン、スタバ。
部室の前にきたら、彼とお姉ちゃんの話し声が聞こえた。思わず盗み聞き。
「で、シモンズは気になる子かなんかいないの?」
「気になる子くらいいますよ」
「ほぉ!申してみよ」
「スタバで一回話したんですよ。それが、顔も名前もよく覚えてないんす。バンド組むやくそくしたんすけどー」
「ダメだこりゃ」
「なんすかだめって」
「いやー参考にならんね。犬は記憶力に優れてたと思うんだけど。」
「でも、大層可愛かったのは覚えてます!声は若干高くてー、性格優しくてー、気づかいできてー、髪の毛は茶色でふわふわ、全体的に優等生っぽくてー」
その子がどんなに可愛かったか熱く語り出した。
彼が私をかわいいって言ってる!……私のこと、おぼえてないけど……。
やばい、顔が赤い。こんなだらしない顔じゃ入れない。
でも、うれしい。
「おい、へーぞーどこいくんだよ」
「……トイレ」
やばいっ。へーぞーさんが来るっ。
がらっ
目があった。ふっと笑うと、耳に口を寄せて、話しかけてきた。
「……お前らの恋も大変だな」
ぼんっ
私の顔が真っ赤になって爆発した。そのくらい恥ずかしい。恥ずかしすぎた。
何でバレたの?
あんなに説明したのと、私が隠れてたのでわかっちゃうか。
へーぞーさんは意味深に微笑みながら言った。
「やつは脈アリ……だ。思い出させれば……こっちのもんだ」
ばーいと手を降り、去ってしまう。相変わらずキザな人ね。
そうだよね。いつか、思い出させるんだから。
決心して、部室に入った。
「おまたー!今日はナント差し入れもあるよー」
「うわぉ!なになにー!」
彼が身を乗り出してくる。
「はいっスタバ!」
「スタ……バ?」
何か考える表情になった。これは、脈ありかな?
「いや、なんでもない!いただきまーす!」
違った残念。
でも、あきらめないんだから。これからなんだから。
「いつか、思い出させるんだから」
「ん?なんかいった?」
「なんにも?」
いつか、本当の意味で約束がはたせたらいーな
おわり