今日は2026年6月9日。
ふと気付けば、あの事故で県立広島病院に入院していた頃のブログを書いてから2年が過ぎていました。
当時の記事を読み返してみると、手術の痛みやリハビリの苦しさ、思うように動かない左手、車椅子生活の不自由さ、そして「もう二度とバイクに乗らなくてもいい」と本気で思っていた自分がいました。
正直、あの頃の自分に今の姿は想像できなかったと思います。
左手と左足はどうなったのか
結論から言うと、完全には元に戻っていません。
左足の複雑骨折と左手中指の骨折から2年。
歩けるようにはなりましたし、普段の生活にも大きな支障はありません。
ただ、怪我をする前の身体と全く同じかと言われると、そうではありません。
寒い日や疲れた日は違和感を感じることもありますし、指の可動域も決して100%ではありません。
それでも、あの病室で「ベースが昔みたいに弾けなくなるかもしれない」と不安に思っていたことを考えれば、今こうして普通にベースを弾き、授業をし、仕事をし、バイクに乗れていること自体が奇跡みたいなものです。
ベースは再び弾けるようになった
あの時のブログには、
「ベースが弾けるようになった姿を見せることが、自分が回復していることを伝える一番良い方法だ」
と書いていました。
結果として、それは実現できました。
リハビリ代わりにベースを触ろうと思っていたのですが、気付けばベースがリハビリそのものになっていました。
指が思うように動かない。
力が入らない。
以前なら簡単だったフレーズが弾けない。
そんな現実に何度も直面しました。
それでも少しずつできることが増え、いつの間にか人前で演奏することへの抵抗もなくなっていました。
2年前の病室で想像していたよりも、ずっと普通に音楽を続けています。
教員としての価値観は本当に変わった
実は、この2年間で一番変わったのは身体ではなく仕事への考え方かもしれません。
入院中のブログでは、
「学生にとって看護師のような存在になりたい」
と書いていました。
あれは入院中の感傷でも何でもなく、本当に今もそう思っています。
病院で学んだのは、人は正しいことを言われるだけでは前向きになれないということです。
同じ処置を受けても、同じリハビリをしても、言葉の掛け方一つで気持ちは大きく変わる。
教育も同じでした。
良い授業をすること。
良い知識を伝えること。
もちろんそれは重要です。
でも学生たちは、人として見てもらえているか、自分を気に掛けてもらえているかという部分にも大きく影響を受けています。
事故がなければ、今ほどそのことを実感できていなかったかもしれません。
「健康が全て」は本当だった
入院中に書いた
「全ては健康あってのこと」
という言葉。
2年経った今でも全く変わらない考えです。
むしろ以前より強く思います。
仕事も趣味も音楽もツーリングも、人間関係も。
結局は身体と心が健康だから楽しめる。
事故を経験すると、その当たり前がどれだけありがたいことなのかが分かります。
何も問題なく歩けること。
好きな時に風呂へ入れること。
トイレへ自由に行けること。
好きな楽器を弾けること。
当時は全部失っていました。
だから今は、そういう何気ない日常に以前より感謝できるようになりました。
そして、またバイクに乗っている
あの頃は本当に怖かった。
「もう乗らなくてもいい」
と書いていました。
実際、退院後しばらくはバイクを見るのも複雑な気持ちでした。
でも不思議なもので、人間は少しずつ前に進むものです。
今、久しぶりに乗っているのは自宅にあるビジネスバイク達。
速さを競うバイクではありません。
むしろ景色や音や振動を楽しみながら走るようなバイクです。
事故前の自分なら、もっと性能や速さに目が向いていたかもしれません。
でも今は違います。
「今日も無事に帰って来られた」
そう思えることが一番大切です。
2年前の自分へ
大丈夫。
ちゃんと歩けるようになる。
ベースも弾けるようになる。
授業もできるようになる。
そしてまたバイクにも乗る。
ただし、以前と同じ人間には戻らない。
少し慎重になって、少し優しくなって、少し健康のありがたみを知った人間になる。
それは失ったものではなく、事故を経験したからこそ得られたものだったと思う。
2年前の病室で励ましの言葉をくださった皆様、本当にありがとうございました。
おかげさまで、今こうして元気に暮らしています。
そして今日もまた、安全第一で。
皆様も、ご安全に。🏍️🎸

