でも、少しずつ秋の気配を感じる今日この頃です。
今日は僕が9/25 を皮切りに演奏活動に復活することになった、精神的なきっかけを書こうと思います。
初夏のある日。
とある方から「ハーレーダビッドソン・ジャパン が主催する最大のイベントである富士ブルースカイヘブン に合うアーティストを紹介してほしい。」という依頼が舞いこんできました。
迷惑が掛かるといけないので、誰からというのはココでは書きませんが、この話しのきっかけを作ってくれた方が実は3丁目のたこボール のデザインをしてくれた方なのです。
※問題なければコメント欄に私です!! と書いてくださいませm(u_u)m
この話しがあったときには、すぐにピーンっ!! と来たアーティストがいました。
それが今回のブルースカイヘブンに大トリでライブ出演するChris Juergensen (クリス・ジャーガンセン)氏なのです。タイムスケジュールを見ると花火の直前やからいっちゃん動員が多い時ちゃう!!ええな~。
クリスさんとの出会いは僕が22才の時に音楽でプロを目指そうと思って広島から大阪にある音楽学校OSM に入学したときにギター科の先生だった。
アメリカでトップの音楽学校のMI でギター講師を務めていたんだけど、当時提携校だったOSMに招かれて初来日した時だったんだ。
彼は日本語に多少は興味があったのだけど、当時は全く日本語もしゃべられない外人さんであり、僕としては外人さんから色々と教われることに大変興奮した思い出があります。
広島時代には外人さんと関わる機会など皆無だったから。
学生時代は非常に厳しくて、当時ピック弾きだった僕に強制的に指弾きを初めさせたのは彼だし、メタル一辺倒だった僕にブルースが出来んとダサいということを叩きこんだのも彼。
留学して帰国してから超絶に貧乏だった僕だけど、彼は僕をバンドに誘ってくれたり、バイトを紹介してくれたり。
彼から母校の仕事でバイトみたく雇ってもらっていたときに、かなり奮発して5~60万を投資してマッキントッシュとプリンターを購入。
「けいちゃんっこれを家に帰ってプリントアウトしてきてっ」と頼まれたら、ハイっ! と当時に乗っていたチョッパーのビラーゴ250で大阪の南堀江から難波の自宅にビューンって仕事しに走ったり。
当時はカラープリンター持っていると神のような存在になれたからね(笑)
「この譜面をコンピューターでつくっといて。」みたいな仕事をもらうようになって、少しずつ仕事貰えるようになったんだ。
実は僕はパソコンは全て“かな打ち”で入力しているんだけど、この原因は彼(笑)
僕はタイピングなど学校で習ったことがなかったので、コンピュータを検討していた当時にアップルのSE30を使っていた彼に「日本語の打ち方ってどうやるん??」と聞くと「僕のはUSキーボードだけど、日本用はひらがなが書いているので、それを押すんちゃうん?」みたいなことを言われて、そのままかな打ちになったのだ( ̄Д ̄;;
と、彼とのエピソードを書き出すと、僕の人生の大半、そして社会人として更生させてもらったのは彼のお陰なので、またの機会に色々と書こうと思うけど、大阪時代、福岡時代、名古屋時代と彼とともに生活して仕事をしてきたからね。
でっ話しを戻して、ハーレーダビッドソンのイベントについてだけど、かなり以前から疑問符が沢山あったんだ。
というのも、Harleyっていうんは僕にとって、リアル・アメリカを感じさせてくれるものだけど、日本でのアーティストの選定とかが、正直(-""-;)....... て思っていた。
だから、この話しが来る以前から、イベントを見ながらアメリカ人でありながらわびさびが分かっている、クリスのような人が合うんじゃ無いかな~とは思っていた。
そこにこういう話しが来たので、運命というか待ってました!! という感じだったんだね。
で、当初は短絡的に「クリスのバンドだったら、ドラマーは星山哲也君っていって、僕が一番長くリズムセクションを組んでいるので、ベースは僕が弾くと面白いね~」という思いになっていた。
ちなみに星山哲也 君とは9/25に演奏し、年明けにもKelly SIMONZ's BLND FAITH で東京と大阪でライブを行うので、本当に彼とは縁があるよな~と思います。運命やろね。
彼とは涙無しでは語れない僕がプロになるための大きな転機となったエピソードが数々あるので、またの機会に書こうと思います。
今回のタイトルである僕が演奏活動に復帰した裏話ってことで復帰するきっかけっていうのは、
ハーレーダビッドソンのイベントにクリスさんを紹介し「まあっハーレーのイベントでクリスの為にベースを弾くのだったら、引退はしたけど、ハーレーを盛り上げるためやし経費の掛からんし、エエんちゃうっ」という軽い気持がスタートだったんですね。
しかし僕自身も最新情報としてこのイベントに用品やパーツの物販で参加することになったけど、話しの出た当時から、すでに僕がこのイベントに販売の仕事で参加する可能性が高い事も分かっていて、さすがに
「演奏でイベントに行きってきま~す。」
というのは給料を払っている会社の人達もあまりええ顔はせんやろな~というのを感じ始めていたんだ。
実際には会社にはお伺いを立てていなかったので、快く「演奏してエエよ!! 」と言ってもらえたかもしれんのだけど、結局はハーレーダビッドソン・ジャパンのほうとも話しをして、今回は色々なオプションを同時に進めるとリスクが高いので、止めておきましょう。
という話しになった。
まあっこの決断は正しかったと思うし、クリスが出る事が一番の目的であり、そこに僕が演奏したいというエゴを入れる必要はまったくないからね。
でもっ一回演奏したいな~という導火線に火がついても~たし、パートナーの星山君からも「凄い残念っ!!」っていうメッセージをもらって、僕自身もなんだか後には引けない気持ちになり、そんなときにトシ・ヒケタからライブやらへん?? という話しをもらったので、「ぜひっ!!!!! お願いします!! m( _ _ )m」ということになったんだ。
だから今回の富士ブルースカイヘブンの件が無かったら、間違いなくトシ・ヒケタ君から誘われても断っていた可能性も高いし、恐らくトシも声は掛けてなかったのではないかな。
僕は常に思うのだけど、人というのは常に誰かに生かされているのだと思う。
だからまずは僕に「富士ブルースカイヘブンにアーティストを紹介してください。」と連絡をくれた彼に感謝をしたいし、もともと最初に彼とコンタクトをとっていた奥さんにも感謝をしなければならない。
僕が引退するといって三年で演奏活動に復帰することに対して、ずーと計画していたのではないかと思う方もいるのだろうけど、僕はこの富士ブルースカイヘブンの話しがなかったら、多少の遊びで演奏活動はしたかもしれんけど、またトッププロのみんなとステージを共にするなんてことは無かったと思うよ。
人と人なんて、わずかな点と点が結びついて繋がるもの。
最近、思うことは人との縁というのがどれほどに強力なことなのか。
お金より大切な財産はやはり人間関係なんだよな。
皆様、今日も良い一日を。