プロに成るために音楽学校へ行く必要はあるのか!? | バイク馬鹿 ロックベーシスト 西本圭介

バイク馬鹿 ロックベーシスト 西本圭介

テクニカルベーシストとしてベース・マガジンでも紹介 / ディープ・パープルのグレン・ヒューズ達と共にヨーロッパ11カ国を周り、また巨匠ビリー・シーンと共にKoRnのドラマー[レイ・ルジアー]のリズム隊として登場。

今月中旬には大阪にてベース教則ビデオの撮影を行います。どのような形で公開されるかは未定ですが、その準備と契約もあるので、ここでベースのテクニック的なネタを披露出来なくて申し訳ない。

そんな事で精神論的な内容が続いていますが、ご了承ください。
ただ、僕は全ての物事に対しては、理由付けや目的ってのは非常に重要だと思っているので、別に仕方なく書いているわけでは無いので、しっかり読んで欲しいと思う。

さて、今日はプロを目指す上で大抵のアマチュアが検討したことがあるであろう、音楽学校(週一のレッスンとかでは無くフルタイムの学生になるって事)で勉強することが必要か否かってことについて語ろうと思う。




まず結論から言うとお金と時間があるなら学校で勉強することをお勧めする。
というのも、独学は安いと思っている人も多いが、音楽学校で得られる知識や人間関係、プロの方との出会いを同等のものを独学で得るには多大なる労力と結果的に支出を伴うことになる。
長い目で見ると支出は同額程度になる場合が多い。


確かに昔は職人は弟子入りして見て覚えるもの。鞄持ちやローディーからスタートして見て盗め的な事が言われる時代もあった。

でも最近のお笑い系を見て、ダウンタウンだって吉本のスクール出身、大半の若手がスクール出身という時代。
要するに今の時代に鞄持ちをやって、下積みしていたのでは時代のスピードについていけないし、こういうのは比較的、日本特有の文化であると思う。

海外からフランチャイズという形態が入ってきたように、アメリカなどは合理的に短時間でノウハウをマニュアル化して伝えるという文化がある。
日本では職人の地位を守るための理由でマニュアル化して教えず、見て盗めというような大半の後進を叩き落とすような文化が構築されてきたと思う。

それと同様に下積みをして独学でやることの意味合いいうのはさほど美化されたものでは無いと思う。

僕はベースの教育に関して、マニュアルは確立したと思うし、音楽のアーティスティックな面をマニュアル化することは困難だけど、テクニックという点については、簡単に合理的に学ぶ方法はあると考えている。

そういったメソッドを持った講師から学べることは時間の節約になるし、業界で必要なコネやパイプを得られるってことについても、学生の特権だと思う。

そういう理由から、お金ってのは自分に投資するものだって思えば払えない金額ではないしね。だって見栄張りだけの為に車に何百万も掛けている中身の伴わないフリーターだってたくさんいるわけだから、志もってプロ目指すのには微々たる投資だと思うよ。

後は2年ないし1年の時間を割けるかってことだと思うが、これも前記したように遠回りして時間を浪費するくらいなら、2年くらい集中する時間を作ることもさほど大きなリスクでは無いと思う。
これは音楽学校のディレクターとしての西本の意見では無く、一プレイヤーとしての意見。

あっそうそう、たまに学校で勉強すると個性が失われるから反対って意見を良く耳にするが、それも大嘘。
理論やテクニックを勉強して個性が無くなるなら、その程度は個性では無いと言うこと。
勉強して、音楽性が駄目になるってのは不成功者の嫉妬か言い訳だと思うよ。

勉強やトレーニングをしないほうが良いなんていうデマが流れる業界は音楽業界くらいなもので、僕が若い頃に勉強した絵画の世界でピカソだって素晴らしいデッサン力あってのものだし、人様からお金を頂く仕事に就くのにその職業の勉強しなくて良いってのは失礼だと思うよ。

もしも、本気でプロを目指すのに方法を模索していたら、学校はぜひ検討してみてください。
ただ、学校卒業=プロになれますっていうことでは無く、最終的にはその人の目的意識と努力に掛かっているってことは忘れないで。