よく使われる例えだがまさにその言葉通り眠るようにおばあちゃんは息を引き取った。

おじいちゃんはその瞬間が訪れるまでずっとおばあちゃんの右手を握りしめていた。

家族みんなに看取られて最後を迎えたおばあちゃんはある意味では幸せなことなんだと思う。

また反対におばあちゃんの最後をみんなで看取れたのも幸せなことなんだろう。

誰も泣かなかった。

病室でのおばあちゃんの最後の瞬間はだれも泣かなかった。

窓の外の木々の葉を揺らす風が冬の訪れを伝えていた。

そんなことに気が向いていた僕だけが見た幻だろうか?

風に乗って天高くおばあちゃんが浮かんでいくのが見えたような気がした。
成長過程、学生時代ももちろん多くの産物があるだろう。

っていうか礎なのかな。

でもその礎云々とかじゃなく<東京ライフ>での産物はやはり俺にとってあまりにもデカ過ぎる。

そこから続く現在の自分を取り巻く色んな環境。

今日は何だかその大きさ・・・ツラさの大きさを痛感した日だった・・・

疲れたし、しんどい・・・でも涙すら出やしない・・・

不安が募る・・・

この世の中に自分以外、誰もいないような気がしてしまう・・・

一人取り残された俺はどのように生き抜き、そして死んでいくのか・・・

過去の産物など全て無くなってしまえばいいのに・・・・・
今日、電車に乗った。

ホームである駅員が、





「黄色い白線までお下がり下さい。」





と、何度も何度もアナウンスしていた。

他の駅員、誰か突っ込めよ!!