東日本大震災と太平洋戦争【その1】 | 幸せ改造計画中

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生きるということについて考えてみました。

東日本大震災と太平洋戦争【その1】について



東日本大震災が起きてから、
今日でちょうど1年ですね。



地震の揺れは、私の住んでいる愛知県にまで伝わり、
その揺れ方が今までの地震とは違い、
もしやすごい規模なのでは・・・と、思ったのを覚えています。



テレビなどで映像を見た時に、
その凄まじさに驚きを隠せませんでした。



今、この記事を読んでくださっているあなたには、
この東日本大震災では、何が印象に残っていますか?



私は津波の被害が最も印象に残り、
その中で避難を呼びかける【遠藤未希さん】の事が
最も印象に残っています。



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街のみんなを救うために避難を呼びかけ、
その結果、自分は震災の被害にあい、尊い命を失いました。



女性ではあるが、武士道を貫いたと思いました。
人間のの誇りとさえ思います。


放送で呼びかけている時、自分の命は大丈夫だと思っていたのか、
それとも、自分が犠牲になってでもみんなを救おうとしたのか・・・
遠藤さんの本意は今となってはわかりません。


私がある本を読んでいた時に次に様な一文があったのを思い出します。
【はたして、「自己犠牲」というのは、美しいのだろうか。】


どのような内容かというと、太平洋戦争が終わった後、
ミクロネシアのあたりの海底で2隻の潜水艦が引き上げられたそうです。


1隻はアメリカ海軍の潜水艦で、もう1隻は日本海軍の潜水艦。
戦時中に遭遇した2隻の潜水艦は互いに魚雷を打ち込み、
共に沈没してしまったそうです。


それを引き上げた役人がハッチを開けると、
アメリカ軍の潜水艦では、僅かな可能性をかけて
水平も船長もみんな出口付近でみんなが集まって
将棋倒しのように生き絶えていたそうです。


一方、日本軍の潜水艦では、乗組員は
それぞれの持ち場で生き絶えていたそうです。


それを見た、外国人の役人たちは感動し、
これこそが「武士道」だと、言ったそうです。


そして最後に、
「あなたはどちらの乗組員たちですか?」


遠藤さんは当然、日本海軍ですよね。
私なら・・・
きっと遠藤さんと同じ道を選択したと思います。


でもね。この書物の結論では、
「日本の乗組員にはなるなよ。」
と、言うことです。
この言葉の意味、とても奥が深いですよね。


遠藤さんの話に戻りますが、
これはあくまで私の予想ですが、
遠藤さんは、まさか自分の死を予想していなかったのかも知れません。


当時新婚だったので、自分が犠牲になってでも
と言うことは、考えられにくいです。


やはり、職務であったから・・・
と言うのが、一番の理由だったのはないのでしょうか?


人それぞれの考え方はあると思いますが、
生きてこそナンボだと思います。


私が若かりし頃、
元神風特攻隊員だった戦争経験者から聞いた話があるのですが、
表に出ることのない真実の裏側を語っていました。


話が長くなりましたので、
この話は、機会があれば後日にでも話そうかなと思います。


それでは、亡くなった方たちへのご冥福をお祈り致します。