- いつもありがとうございます。
- カバラ数秘鑑定士のLUMIKOです。
私には、夫以外に愛してやまない人がいます。
主人公認のひと(←あきれてるけど、ビデオ録画に協力的。笑)、、、
それは「徳永英明」 さんです。
この方に、私は何度ハートを奪われたことでしょう。
徳永さん、あんなに高みに行かれて・・・。
私が中学に入る前ぐらいのとき、
母が先に徳永さんの「風のエオリア」で透き通る歌声に目をつけて、
母の弟を通じて我が家に徳永さんの音楽が来て以来、
私も徳永さんの歌声とお顔に魅了され続け、
以来、思春期はずっと徳永さんの魂のこめられた歌を聴いて大人へとなりました。
中学の時は、徳永さんに恋をし、
周りには徳永さんのファンは一人もおらず、
雑誌の切り抜きを頂いていました。笑
当時、私の部屋は徳永さんの巨大ポスターだらけ。
GB(ギターブック)という音楽雑誌が当時ありましたが、
その読者投稿欄で「徳永英明さんのファン」を募ったら、
一ヶ月間、毎日ポストに何十通ものお手紙が束で届きました。
あれはなんだか、ものすごい経験でした。
中には「結婚して下さい」っていう男性からの強烈な恋文レターがあったり。(引きました。^^;)
その中から2~3名絞らせて頂き、文通をしたり情報交換したり、楽しみました。
それ以来、一名のお友達と今でもつながっています。
コンサートは、いつも私は一人で参加するのですが、
お隣に座られた方に話かけて頂いたりして(私からは恥ずかしくてできない
)、
それ以来お友達になったりしています。
徳永さんを通じての、素敵な出会いです。
徳永さんがモデルの方と結婚されたときに、私の恋はハートブレイク(
)
しばらく徳永さんの歌をきかなかった反抗期もありました。
短大時代は現実の恋愛も始まりましたし、
洋楽を聴いたり、癒しのミュージック「エンヤ」を聴いたり、
当時流行ったユーロビートやマハラジャのダンスミュージックCDを聴いたりして(
爆笑)、
多くの音楽に触れました。
そんな私も結婚してからは落ち着き、自由にできるお金もでき、
夢見ていた徳永さんの「ファンクラブ」に初めて入りました。
携帯ファンクラブサイトに入ったり。
徳永さんのボイスが自分の携帯で耳元で聴ける日がくるなんて。
あこがれの人が、より身近になってきて、本当に素晴らしい時代です。
学生の時は自由になるお金がなくて我慢をしたけれど、
大人になると、夢が叶うようになりますね。
ライブも年に1回しか行けてなかったのが、2回いけるようになったり。
県外にも行けるようになったり。
地元、倉敷市民会館が改修のため「倉敷公演」がなく、
隣県に足を伸ばさなければならなかった年、
お隣の県の「広島公演」に行くことになりました。
せっかく広島に私が行くからと、
私の実家の両親と、子供たちと、主人をひきつれて、みんなで車で行き、
コンサート会場のホテルに宿泊し、
家族には広島観光を楽しんでもらいました。
私だけ同ホテルで開催のコンサートへ行き、その時に夢のような一番前の特等席で、
徳永さんがMCの時に客席に近づいてきて、
ご自身の持っている、冷房で冷えていたマイクを触らせて下さったという、
人生最高の奇跡的な出来事がありました。
目の前に徳永さんが来られて、
「このマイク触ってみて。すごく冷たいよ。」と、
私の方を見てマイクを差し出して話かけてくださって、
私はそれに導かれるように、すーっと前へ。
一番最初に触らせて頂き、
「わっ、冷たいです!
」とリアクションを取ると、
「でしょ
」みたいな感じの会話が徳永さんとできたのです!
徳永さん、近いっ!これ夢?!いや、夢じゃない!!

こんなことってあるんですね!
人生って、不思議と奇跡が起こるんです。
私は、奇跡はご褒美だ、って思っています。
そして、妄想の産物、とも思えます。

こうなればいいな~、と何となく幸せなイメージで考えていると、
そうなる、という感じでしょうか。

ありがとうございます。とたくさんいうことも、
豊かさを引き寄せる呪文です。

さて、徳永さんと言えば、
代表曲の「レイニーブルー」や「壊れかけのRadio」が有名ですが、
それはもう当たり前のように何度も何度も聞いてきましたが、
そのほか、オリジナル曲がもう素晴らしくて、素晴らしくて、
ハードにシャウトする歌から、穏やかなしっとりした曲まで、
心にしみる曲、涙した曲、胸をときめかせた曲がいっぱいあります。
カバーアルバム発売が今回で6枚目ですが、
ここでいったん終わり、
今度からはオリジナルに力を入れていかれるそうで、
コアなファンとしてはとても安堵しております。
(や~っと徳永さんのオリジナルが聴ける。
ホッ)
そんな、私の大好きな徳永英明さんの数秘はこちらです。
徳永 英明(とくなが ひであき、1961年2月27日 - )は、日本のシンガーソングライター、 作曲家、俳優。
9-1-11
3
徳永さんは、賢い賢者の大人な数字9と、
俺様系の王様数1をもち、
未来に神のメッセンジャーという11を持っていらっしゃいます。
数秘から見て、やはり11があるだけに、激動な人生でもあり、
それにより高みに行かれるような方でもあります。
とても大きなターニングポイントとなった病気がありました。
2001年 モヤモヤ病発症。
脳の血管が「モヤモヤ」と見えるように増える病気のようです。
それが徳永さんのサイクルでいうと「5:変化」で、
運命数1の人にとっての人生のターニングポイントは「40歳」なのですが、
まさにそれが符合します。
そして、また徳永英明さんの名前が世に知れ、大きく飛躍したポイントがありました。
それは、カバーアルバム「ボーカリスト」が大ヒットした43歳の時でした。
病気から3年後のことです。
これが、徳永さんのサイクル「8:充実」の時でした。
私自身が徳永さんに惹かれる理由は、
同じ数秘があると知った時、納得しました。
LUMIKOの数秘
7-1-4
3
同じ数字をもつと、無意識下なのかも知れませんが、
ご自身の数秘が反応するのか、
人は憧れることが多くあるんですね。
その人の生きる姿、考え方が、お手本なのです。
2015年 2/27からの徳永さんのサイクルは
「1 発展、スタート」です。
素晴らしいですね。
徳永さん。
ここからスタートなんです。
しかも、カバーアルバムを発売したのは、
サイクル「9:完結」
カバーアルバムを今回で完結させたのは、
とても素晴らしい決断だと思いました。
徳永さんはもう何年も「マヤ暦」を採用されておられますから、
きっとその流れを組んでのこともあるかもしれませんが、
もう本当に、素晴らしい波乗り上手であると思います。
11の使命として、徳永さんはこれからも、
たくさんのメッセージを伝えていかれますね。
どんどんメッセージが降りてくる方であると思います。
9と1と11と3を見方につけた徳永さんは、最強の運の持ち主です。
八重歯の見える笑顔がとってもキュートな、永遠の少年の数秘「3」
創作の得意な「3」
徳永さん、これからも作品をたくさん、作り続けてくださいね。
テレビにも、いっぱい出て下さい。
私の夢は、
徳永英明さんにお会いして、ハグをして頂いて(旦那よ、許してくれ。笑)、
数秘を交えたお話をじっくりすることです!
(宣言した。笑)
奇跡よ、起きて☆
ありがとうございます。
LUMIKO
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