☆柴わんこ・元 in アメリカ☆
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最近のいろいろ

あっという間に(毎回言ってる)9月。

 

海に行ったり、山に行ったり、推し活したり、いろいろやっておりました。

 

 

 

サメット島

 

雨季真っただ中に行ったのでこんな感じ。

 

 

時々晴れ間。

 

カオヤイ

 

山感出てるかな(汗)

 

 

すごくきれいなお部屋でした。

 

 

 

雨が降って来て一瞬で終わったキャンプファイヤータイム。

 

 

カオヤイの柴犬カフェで毛色は違うけどルーニーそっくりな子を見つけました。

連れて帰りたくなった。

 

(私の足の指を嚙んでいる)

 

やんちゃすぎるパピーさん。

 

 

幸せ過ぎ。

やっぱり柴犬はいいね。

 

 

動画撮ってるつもりが写真だったやつ。

 

ワットアルン(暑すぎて途中でギブアップ)

 

姉と甥っ子がタイに遊びに来たので一緒に観光したり。

 

 

フェスとやらにも初めて参戦(日曜の方です)

日本は屋外らしいから涼しくてよかった。(涼しいというか冷房効き過ぎてて極寒)

日本だったらチケットも抽選、当たってもありんこサイズでしか見れないところをバンコクではすぐそこにいて肉眼ではっきり見えたラブ

タイに来て3回も見れてしまった。ありがたや。

 

 

日本に一時帰国もして姉宅のわんこはーたんに再会。

 

 

 

実家にゃんこ律。

相変わらずのビビりさんで私がかまうからすぐ怒られる。

一応遠慮してるのか爪は出ていない目がハート

 

 

大阪・関西万博も行ってきた。

夕方からのチケットだったけど暑すぎた。。そしてめぼしいパビリオンは全滅。

雰囲気だけを楽しみに行った感じ。帰りの電車も駅はすぐそこなのにぐるぐる遠回りさせられ疲労困憊だったネガティブ

タイだけは外せないと思って並んで入ったけど、中で何があったか覚えていないという(汗)

 

そんなこんな感じでまたタイに戻って毎日を過ごしています。

 

 

…しかしルーちゃんが出てこないとブログも締まらんね悲しい

もはや何書いていいのかわからん。

ブログって放置したら消えちゃうのかな。

思い出がいっぱい詰まったブログだから消えるのだけは避けたいけど、そろそろブログも潮時なのかな。

 

 

かわいいルーちゃんの写真置いとこ。

 

 

11年前の今日のルーちゃん7ちゃい。

 

 

思い出の地巡り

あっという間に6月に入りました。

今日で1年の半分が過ぎるのね。

 

タイ在住も1年内かも…と当初は言われていたけど、もう1年1ヶ月。

この秋の帰任もどうもなさそうな我が家。知らんけど。

ルーニーが亡くなって、まだ毎日泣いてるような状況で引っ越しの準備が始まり、でも短期滞在だし、、と思って適当に準備してやって来たタイ。

なんか話が違ってきましたよ。

 

 

4月に以前の駐在国、アメリカにソンクラン休暇を使って行ってきました。

日本から行く方が断然近いのだけど、日本に帰ってからだとそんなに長い休暇がとれるかわからないので、タイにいるうちに決行。

シンガポール経由で乗り継ぎし、トータル23時間50分という超長旅でした。

世界最長航路らしいよ。よく頑張ったよ私。

11年ぶりのアメリカですアメリカ

 

 

滞在中は友人宅にお世話になりました。

私たちが日本に帰った翌年に日本に遊びに来てくれて以来だから10年ぶりの再会。

友人宅のわんこRanger。超ひとなつっこくてめろめろになってしもた。

特に男性の方が好きみたいで、あっという間にお父ちゃんにもぺったりこになってた。

うらやまし。

もう一頭のAxelはまだ人なれしていないらしく、私たちがいる間はペットホテル滞在。

ごめんよアクセル。会いたかったよ。

何キロって言ってたかな。シェパードよりおっきかったようなびっくり

 

 

 

ルーニーと一緒に5年過ごしたアパートものぞいてきました。

部屋からにゃんこさんがじっと見ていたよ。私たちが帰ってから何家族がこの部屋に入居したのかな。

ルーニーのにおいは残っていたのかな。

タイムスリップしたような気分。

 

鳥のさえずり以外聞こえない、バンコクの喧騒との違いに改めて自然豊かな場所で暮らしてたんだなぁと実感。

 

 

近所にあった日本料理のお店が現役で存在していたのがうれしかった。

(空模様が余計にあやしさを引き立てている)

さびれた感満載なのに、店内は昔のままで味もおいしかった。

 

 

 

当時住んでいた場所から車で15分くらいのところにあるAdamstownというアンティークショップが並ぶ街。

 

 

この光景懐かしすぎる。

時間がなくて一軒しか行けなかったけど、久しぶりのお買い物にテンション上がりました。

 

 

ルーニーと三人でしょっちゅう来た公園。

週末やることがないと、湖でも行く?って言ってルーニーを乗せてよくここに来ました。

 

何にも変わってなかった。

 

 

お花を手向けてきました。

ほんとに、なーんにも変わってなくて、時間も戻ったような気がして、でもそこにルーニーだけいないという現実が悲しくてめっちゃ泣けた。

 

 

ルーちゃんはロケットに入って連れてきました。

 

 

地元のビール工場を見学と、ちょっと観光っぽいことをしたり

 

 

ルーニーとよく来た公園にも行きました。

 

 

ここでもお花を。

ルーちゃんはこの公園は歩かされると思って嫌がってたときもあったけどね。

車を停めたら「え?ここ?」みたいな顔するときも結構あった滝汗

 

 

ギリギリ桜も見ることができた(ちょい加工)

 

 

友人宅で過ごす最後の日にようやくレンジャーくん、私の膝の上で寝てくれました。

お父ちゃんなんか朝起きてきただけでぴょんぴょん飛び跳ねてたらしい。

 

結構な弾丸旅行だったけど、中味のぎゅっと詰まった思い出に残る旅行になりました。

友人にも感謝です。

 

ルーちゃんもそばにいてくれてたかなぁ。

 

 

☆☆☆ おまけ ☆☆☆

 

 

部屋を開けてるとベッドに飛び乗ってお父ちゃんにくっついてたレンジャーかわいすぎ。

 

 

 

一周忌が過ぎて思うこと

ルーニーが旅立ってから1年と1ヶ月が過ぎました。

 

一年前の今日はどんな写真を撮ってたかななんて見直しても、もうルーニーはいないのよね。

 

ブログがすっかり放置になってからもInstagramは続けていたけど、晩年になってからはインスタの投稿も減っていくようになった。

ルーニーの変化に心がついていかなかった。

ルーニーは最後までずっとかわいいままだったけど、それでも他人が見るには少し痛々しく見える気がして気が引けた。

 

ありのままのハイシニアさんの生活をインスタにあげている人、介護グッズを手作りしていかに工夫して我が子が楽に過ごせるかを残している人もいて、本当に頭が下がる思いです。

ルーニーがいなくなって思うのは、私にそれができていたかなということ。明るい介護生活とか毎日は無理だったし、ルーニーに負担がないようにと私なりに工夫したけど、人に言えるほどのことができていたかわからない。

時間がたてばたつほどその思いは増えていく。

 

ルーニーはスキンシップが苦手な子だったので、介護が必要になっても必要な時以外極力触れないようにしていた。(その「必要な時」が多すぎて余計に晩年触れられるのが嫌になったのだと思うけど)

もっといっぱい「大丈夫だよ、大好きだよ」って言えばよかった。撫でなくても手を当てて少しでも痛いところを楽にしてあげられたらよかったと思うことが多くなった。

 

昔の楽しい思い出もたくさん思い出すけど、晩年の思い出がどうしても強すぎて…。

 

介護が終わった今だからこその思いがたくさんあるけど、当時はおいしくなくてもうんちがゆるくならなくて栄養があるもの、褥瘡ができないようにと嫌がる向きで寝かせる時間もあったこと、ルーニーにとっては不快でしかないことをたくさんしてしまった。

それでルーニーの寿命が延びたのかどうか正直わからない。

 

犬は今を生きているので、今嬉しい、今楽しいを大事にする。

だから体が不自由になって、歩きたいのに歩けないルーニーにも「今」楽しいと思える時間を過ごさせてあげられたか…。少々体に悪くてもおいしいと思えるご飯を毎日少しでもあげられていたら、ハイシニアになってまであんなに頑張って歯磨きしなくてもよかったよな、とか、、もうキリがないほどどんどんどんどん出てくる。

SNSを見てると、これからお別れを経験する人たちへの言葉として、こんな風に最期をむかえられたらいいよねとか、こうしてあげようってえらい先生とかがコラムのような感じで意見を述べられているんだけど、すでに見送った側からすると、それはそうできなかった自分を責める言葉にも聞こえてくる。

言葉って難しい。

 

周りの人がルーニーは本当に幸せだったよと言ってくれるけど、自分ではイエスと言える自信がないんだよねぇ…。

 

…って今ルーニーの祭壇の真横でこれを書いています。

ルーちゃんどう思いますか。

 

ルーニーの最期の瞬間に私は立ち会えなかった。深夜私が眠っている間に逝ってしまった。

私はこのことがずっと許せなかった。今でも思い出すと胸が苦しくなる。

それがいろいろと考えてしまう原因の一つかもしれない。

ルーニーはめちゃくちゃ頑張って去っていったけど、私は支えきった!って言いきれない。

 

頑張ったついでに言うと、それでもね、亡くなる前日、体は汚さずにちっこもうんちっちもできたのよ。本当にルーニーはすごい子だと思った。

最後までオムツ拒否だったので、普段は体が汚れることがしょっちゅうだったのに、最後の一日は一回も体を汚さずにちっこもうんちっちもできた。ほんとにこれはルーニーのプライドというか執念というか、とにかくルーちゃんすごいとしか思えない。ぐにゃぐにゃの体でそれでも立ち上がっておしっこしたいとアピールしてきた。

 

もう10年以上ルーニーのアニマルコミュニケーションをしていただいている方がいて、亡くなってすぐにルーニーの気持ちを聞きたくて一度連絡を取ったのだけど、結局今すぐお願いしますと言えず、ルーニーの答えを聞くのが怖くて1年近く経った去年の12月。

意を決してもう一度連絡を取ってルーニーとつながってもらった。

 

今(2024年12月現在)ルーニーは長生きさんのグループに属して下から登ってくる同じような長生きさんな子を待ちながら、次の犬生をどうしようかいろいろと考えているのだそう。

現世で長生きした方なので、また我が家にやってくるということはないかもしれないらしい。

我が家に来てもまた同じ犬生になっちゃうもんね。

過去世も見てもらったけど、あまりいい暮らしはしていなかったようで、今世ではそれをクリアにできるくらい幸せだったと。

 

ちゃんとお別れの挨拶もしていたんだって。その時ルーニーが私をじっと見ていることには気づいていた、しっかり目が合った。でもそれがお別れのサインとは思わなかった。

その数時間後、ルーニーは旅立った。

 

あーーーやっぱまだ駄目だわ、この時のことを思い出すと。

 

こういったことをどこまで信じるかはその人次第。

少なくとも私はすごく救われた。…でも、でも…の繰り返し。

こういうのって難しいよね。私が救われたいだけなのかもしれないし。

もし本当にルーニーが思って言ってくれている言葉だったのならこんなに嬉しいことはない。

そして他人の動物さんでなければ、我が子とつながるのは意外と簡単だということも教えてもらった。

まだ出来てないけど、、

 

本来スピリチュアルなことはあんまり信用しないタイプなんだけど、いざルーニーのこととなるとストンと腑に落ちるというか、見てもらった方とのお付き合いも長いので信頼できるというか。

 

生まれ変わりとか、次の子をとか、私にはまだまだ考えられそうにない。

生まれ変わりじゃなくて、ルーニーそのものが戻ってきてほしいのよお母ちゃんは。

無理だとわかってるけど。

亡くなってもなおルーニーに執着しているお母ちゃんの愛は重い、重すぎるねルーちゃん。

 

何が言いたいのかわからなくなってきたのでこの辺で。

 

今日も今日とて、、昔の動画や写真を見てデレデレってなってる私です。

 

 

かわいすぎるやろー

 

 

 

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