暮らしつくりプロデューサー 今井カツノリ ブログ -11ページ目

暮らしつくりプロデューサー 今井カツノリ ブログ

一級建築士が、いい暮らしを創るキュレーターとして語る。そして、新しい市場と再生のためにマーケティングを追求する。

365日の毎日ストーリー】
8/365の毎日ストーリー(2019/7/15)

 

今日は何かが起こる気がしていた。何かまた、自分にとって意義ある観点が得られる日と感じていた。

 

今日の出来事。それは、コストコに行って買い物。知人が開催した手作り市に出向いた事。電車に乗って移動したこと。近くのアトリウムで地元バンドの応援ライブを横目で見た事。手づくり市でマッサージを受けた事。手づくり市でマヤ鑑定を受けた事。

 

繋がりっていうことでは、今日の手作り市に参加して、知人にフューチャーマッピングをさせてもらえる様になった事が大きいなあと思っとります。

 

でも、ある意味とても納得し、期待を持てたのは、マヤ暦による「マヤ鑑定」だろう。

 

【マヤ鑑定を受けた】

 

今日、せっかく来場したのだから、何かみてもらおうと思って、最初手相をみてもらおうと思ってたのですが、なぜか急に振り向いて、マヤ鑑定の方に足が向きました。

 

鑑定士と目が合ったからっていうのもあるけど、直感に近いものでしたね。引っ張られるように向かい、そして「お願いします!」思わずニヤって感じで喋ったので、鑑定士の女性のかたは、苦笑い。こういうシチュエーションって、ドラマでよくあるかなあって笑

 

それで、早速マヤ鑑定を受けることになったのだが、このイベントでは、短い時間の30分なので、メニューから選ぶようになってました。

 

メニューには、

 1、今世の役割について 

 2、人生の流れ(今の)について 

 3、周りの人(家族や友人)との関係性について  でした。

 

実は1番の今世の役割について自分自身の好奇心で聞いてみたかったところでしたが、確信を得たいと思っての関心ごとは、やっぱり2番の人生の流れについてでした。

 

マヤ暦は260日周期らしく、それでみると僕の誕生日は201日になるらしいです。そして、1年365日で考えた時には4年サイクルらしいです。おっと、いま疑問に思ってしまったのですが、マヤ暦と太陽暦(365日)とで周期が違うのに、自分の人生の年回りを見るのに、365日で数えていいのかしら。この疑問はどこかで解消しておこう。

 

女先生から言われたことは、誕生日から1年が始まってそれが4年サイクルで回ってるので、先週誕生日を迎えた僕は1年を始めたばかりだということで、特にこれからの1年には何が起こるのか、熱心に聞きました。

 

そういえば今までももちろん、自分の誕生日は巡ってきてますが、この毎日ストーリーを始めて見たり、師から1日1日の物語が人生の書物になるから、一日を大切に生きなさいと言われたことや、今日、このマヤ鑑定で言われたことは単なる偶然でもなさそう。

 

ほんとに今までの誕生日は、何となくただ過ぎて行きましたからね。「よっしゃ、この誕生日を起点にして、何かを成そう」と思ったことなんて、未だかつてしたことない。それにもまして、こんな偶然的に今年の誕生日に意味が出来てしまえば、自分自身の人生の転機としてほっとくわけにはいかないですね。

 

そして、今日このマヤ鑑定で言われたことは、今年は4年周期のまとめに当たる年で、昨年の4年に一度のチャンスと13年に一度のチャンスでしっかり水面下で動きを作っていたら、今年はそれが全て表に出てくる年です。行動を自然と起こす年になるでしょう。

 

って、実際こちらからは何も言ってないのに、まさにその通り。で、これからの人生は昨年までの13年間のいろいろな出来事を得て、昨年考えさせられる事や、体験した事がこれからの13年でプラスに転じるっていう話。

 

まあ、実際占いみたいなものだから、話半分で聞いたとしても、あまりにも当てはまりすぎるので、怖いくらい。

 

これまでの十何年間の人生とこれからの人生に対しての「私の今のポジション」を再確認しなさいよって暗示がかけられ、動かされたような感覚もあります。

 

占いの類はあんまり信じないのですが、でも、何らかの理由があって導き出されれているので、良いところは活用しようという姿勢は持ってます自分で。だから、今日のマヤ鑑定も単なる好奇心でたまたまみてもらったというより、何らかの必然性があってみてもらったと思うようにしました。だって、今の自分にとって良いことを言ってくれてるのですからね。

 

せっかくだから、もうちょっとみてもらおうかな(^ ^;)

 

何にしても活用すべき結果だったので、明日からまた一日一日しっかりと人生を生き抜こう。

 

【365日の毎日ストーリー】
7/365の毎日ストーリー(2019/7/14)

 

昨日は、経験を通して「人生の役割」について考えさせられた1日でした。毎日が自分の物語で、それを紡ぐことは「自分の死」に向かって考えて生きている事に繋がると書きました。

 

でも、これは自分の胸の奥で刻み込んでおいて、普段は毎日どのような経験が自分自身にとって良いものになって行くのか。また、幸せにしたい誰かのためになるのかって観点を持って、普段着で行こうと決めたのでした。

 

【職業体験学校】


今日は、地元の小学校を開催場所として、青年会議所の後輩たちが小学生の子ども達のために、色々な職業で活躍されている人に来てもらって、体験授業をしていました。そこに、ちょこっとお邪魔させてもらい見学に行ってきたのです。

 

全体の企画はうまくまとまっていて、1日のイベントとして、かなりみんな考えてるなあって印象でした。体育館と各教室を使い、50分の授業を3コマ各先生がこなしてました。

 

どんな職業の方が集まったかと言うと、消防士、美容師、塗装師(建築業)、介護士、ツアーコンダクター、寿司職人、パティシエ、e-sports、マジシャン、youtuber と幅広い職種の方々でした。

 

それにしても、e-sports、youtuberなども職業なんですね。面白い。

 

僕は、これからマジシャンの方の「マジックx教育」と言う企画を小中学校で実施するための下見として授業を見学させてもらいました。

 

マジックならではの、子ども達が大人になって行くための教育の題材として、面白さを加味した授業ができると聞いて楽しみにして、今日見学しました。子ども達は受けたい授業を選択して受けるといったスタンスだったので、基本的には関心のある子ども達が集まっている事になります。

 

関心のあるこども達の姿勢は、見ていてやっぱり前向きだなあと実感できたことと、面白いと思った事にはすぐ手をあげるという積極性があり、こう言う資質を眠らせる事なく大人になっていってもらいたいなあと見ていて思いました。

 

自分もこれからしたいと思っている「物語教育」。 これをまずは、カリキュラムを考え、試験的にトライして見たいと思いました。
 

良いですねえ。こう言う取り組みは。この後も、僕たちは学校運営協議会の方で、色々と企画を練ってみようと思います。

 

【ドラマにハマる娘】

 

娘は、あるドラマにハマってました。僕も久しぶりに、リアルタイムで娘と一緒に見たのですが、連ドラをみるだけじゃあなく、その場でリアルタイムでツィッターでも、あれこれ呟いてるんですよ。

 

次を見たいって思う、期待感、欲求のでるドラマは、生活の中に溶け込んでる日常のエンタメですよね。物語をひとり静かに楽しむみたいな感じではなくて、より多くの人と、楽しみを共有する行いをするって、エンタメのスタンスですからね。

 

僕は、「ドラマの法則」を体系化しようと考えてるのですが、「物語教育」の一環で、「ドラマ教育」も作り、取り入れて行こうと思います。
 

ハマっている娘を見て、早く「ドラマの法則」を世に出したい、出さなければいけないと感じました。

 

さあ、早速組み立てよう!

 

【365日の毎日ストーリー】
6/365の毎日ストーリー(2019/7/13)

 

人生の転機って、自分で作るものなんでしょうね。昨日は「役割」について、感じた1日でした。


役割のある人は、生き生きとしている。頑張っている姿が美しい。僕は、常々「生涯現役」という言葉を口にしている。もちろん、死ぬまで同じ事を繰り返すという意味ではありません。死ぬまで社会の一員だという事です。


僕の使命の一つには、人が一生涯何か役割を持てるような社会にしなければならないという事があります。また語る日がくると思います。今日は、そんな意味でも、人生の師と思える人からの直接の話を聞く機会があり、とても感情が揺さぶられた1日でした。

 

【人生は橋のようなもの】

 


師は言った。人生は橋のようだと。ただ、その橋は変わっていて、橋の入り口手前と出口の後ろは真っ暗闇なのだ。人が人生という橋の上を歩いて行くときに、たった一人で真っ暗な闇の中を歩かないといけない。そして、人生が終わった後も一人で真っ暗な闇を歩かないといけない。


入り口はまだ良いが、出口にたった一人で真っ暗な中に入って行くことを知っていると怖くて、さみしくてとても正気で行くことはできないだろう。だから、人は人生、生まれたときから、どの様に死んで行くかに向き合いながら生きなければならないと。

 

そして、橋は自分の周りの人の助けによって、協力によって土台も、道もできている。そんなありがたい人生を歩かせてもらえる以上、また人は誰かのために、何かをしなければならない。自分がしてもらったと同じように。

 

なかなか、自分の死はイメージできません。というかしたくないのです。これだけは、生きているうちに体験できないので。でも、信じる心を持つことはできます。「信心」信じる心は清く、美しいです。

 

【人の人生は一冊の物語】

 

1日1日をどう生きたかは、毎日毎日1ページの物語を書く、作るようなものです。これが、人生を通して一冊の書物になる。と師は言った。

 

僕がこの「毎日ストーリー」を書こうと思った、この週にこのような事が師から聞けるとはほんと思いませんでした。僕は、ある意味「1日1日」というのはとても意味を持っていて、とても大切で、ただなんとなく過ごせるようなものではないのです。

 

なぜか。毎日毎日「死」に向かって生きているからです。それに気づいた僕は「これは毎日書き記さないといけない」「毎日自分の人生の役割を全うしなければならない」「毎日死に向かって歩いている自分は、その準備の為に毎日何をしたかを振り返らなければならない」「そうだ!それなら僕の生まれた日からやろう」と思ったわけです。

 

ただ、毎日ストーリーとしては、こんなに重い話題ばかりしている訳にもいきません。僕が気づいたとしても、周りの人が気づいていなければ周りがしんどいだけですからね。

 

でも、毎日毎日自分の人生の書物を作ることについて、師から言われたことでも、本気になって取り組もうと思いましたね。貴重な1日を本気になって。毎日のストーリーをどのように作るかは「自分の人生」です。自分でやるしかないです。

 

【人には信念が必要】

 

人には信じる心「信心」が必要だと言いました。この言葉には、一般的に「信仰心」と呼ばれている側面もあります。神や仏を信じて祈るという行いは、宗教の世界ではよく行われています。でもただ、祈るだけではだめなのでしょう。祈るだけで全てが好転すれば、ある意味楽です。そうではないのでしょう。

 

師は、人生とは何かと言われた時、それは「人生は苦である」と言われました。人生の全てがそもそも苦であるなら、そこからは少しでも「苦」を取る行いをすればいい。と考えれば、人生での行いは良いこと、楽しいことと思えますか?

 

人生において成功を勝ち取る人は、人とは一味違うスパイスを持っていると言われました。

 

自分は「人とは違う一味効いたスパイス」とは何なのだろうと問いかけました。ふとある事を思い浮かべたので、毎日スパイスとしてふりかけてみようかなと思えました。

 

その「スパイス」は何なのかと言われたとき、それは「信念」というものだと教えられました。

 

信じるだけではだめで、信じる内容が必要なんだと。信念は、「自分の心の軸」とか「固く信じている内容」とか言われてますよね。僕も信念は持ちたいと思う人なんです。それがはっきりと見つかった人は、多分毎日毎日の人生の書物の内容が変わってくるのでしょう。

 

【家族のために生きる】

 

 

人にとって、とても大切なことですよね。当たり前の事だと思いますが、敢えて言われると、ではどうやって?という疑問が出ます。僕は自分の毎日のストーリーに書けるようにしようと思いました。

 

自分の最期の時には、自分の周りに居て欲しい人たち。それが家族と思うから、そのために自分は何をしたら良いのだろうかと考えようと思います。

 

今日は、自分自身を問い直すいい機会になりました。

 

これから後30年生きるとしたら、10950ページの書物ができるわけです。

 

でも、これが1ページの書物になる可能性もあります。だからこそ、ドラマで言う「次回へ続く」でページが構成されるのじゃなくて、1ページ1ページの短編集が、10950ページあるくらいの気持ちにならないといけないと思いました。

 

実に自分でハードルをあげましたね。でも、まずは毎日物語を起こす事です。

 

【365日の毎日ストーリー】
5/365の毎日ストーリー (2019/7/12)

 

【会の役にあたり準備をした】


今日ある役でデビューしました。それは、会の設営、運営についての係であった。実は、先週がそのデビュー戦だったのですがお休みしたので、今週がデビュー戦になりました。

 

この役は初めての役なので、あんまり要領を得てないのですが、とにかくメンバーをもてなす係なのです。お客さまの時には、会が始まる5分前にでも到着すれば良かったのですが、いざ役が当たると45分前には出てきて準備しないといけないのです。この40分の差は大きいですね。

 

心構えや、気分、気持ちも変わります。今までは、単に参加したらいいやって感じで、特に気構えることもなく、気楽なものでしたが、いざ役が当たると、責任もあるし、失敗したらいけないっていう緊張感もあるしで、立場が変わるとこんなに意識が変わるものかと改めて思いましたね。

 

今日なんてデビュー戦なので、とにかく無事に乗り切れたらいいってところが目標みたいになってますが、多分これから1年間は役をこなさないといけない側なので、後々振り返って見たいと思いますけど、まずこなす事ができれば、次はそれ以上のことができないかと思うようになるのではと感じます。

 

人って、自分に何かが与えられてやらなくてはならない時に、まず「must」(義務)があります。それが慣れてきて、もう少し「より良いものを提供したい」ってなってくると、「wants」(欲求)の段になります。

 

この「したい」が重要だと、今あらゆる生活シーン、ビジネスシーン、ライフワークシーンで思うところです。

 

僕が、今地元の小中学校との連携会である、学校運営協議会の委員に今年からなって、いろいろな取り組みをして見たいと思ってるわけですが、これもこの3月に良い縁とタイミングがあったので、「役」にならせてもらいました。

 

数人の協議会委員がいるのですが、私以外は皆さん「役をやってくれませんか」と頼まれてなったと聞きます。僕は、「是非やらせてください」と自分から手をあげさせてもらった一人です。

 

おそらく、取り組み姿勢に、前向き度合いが結構違うのではないかなと思ってます。もちろん、頼まれてできる人はそれなりに活躍しますし、動きもします。頼む方は、役を受けてもらったら「しっかりやってくれるだろう」と信頼して頼むわけですから、これで表面的にはうまく行くと思います。

 

ただ、これからの時代、やらないといけないことを当たり前にやるのはもちろんで、それ以上に主体性が求められる時代になってくるわけです。だから、人ひとり一人が自分の個性を発揮し、こなすべきところはこなし、それ以上のクリエイティブな領域を目指す必要性があるわけです。

 

5年後に生き残る企業となるためには、「クリエィティブ」が求められてます。

 

【事業を起こすのにかなりの助走がある】

 

 

今、「ストーリー」を事業の軸とした、ビジネスを構想中ですが、事業領域が「家庭」「学校(教育)」「職場(組織)」「地域」と多様なところに膨らんでいます。

 

実は、構想前の前の段階はほぼ4年くらいあって、それから「ストーリー」を軸に事業を起こそうと思って、色々学び、準備し始めたのが9ヶ月前。ビジネスの世界では、スタートアップという言葉が各種場面で使われるようになってますが、そこには「スピード」が重要な視点であります。

 

今、僕はかなり自分では進めそうだなと思ってますが、ビジネスの世界では9ヶ月も助走して、準備で念には念を入れろみたいなそんな時間はかけられないのが一般的に言われてます。

 

僕自身は、色んな実務もしないといけない中で、やりたい「wants」ができないジレンマにかなり落ち込んだりもしたりすることは多いです。「リソース」という言葉がありますが、やはり事を起こすには、リソースという資源が必要なんです。

 

でも、実際やったこともない事を新しく始めるに当たって、「十分なリソース」ってどれだけなのかは、分からないし正解もないわけです。だから最近「ビジネスモデルキャンバス」という指南書が世に出て、問われてるのは、1日も早く事を起こせ!これが「リーンスタートアップ」と呼ばれてるプロセスです。

 

助走は、まだスタートについてないわけです。新しくやる事は、未知に挑戦する事なので、何をやったら良いのかみたいな事で迷路に陥りやすいです。

 

ここは、今日会に参加して思ったわけですが、「まずやらないといけないmustをやろう」で、それから「やりたいwantsを決めてさらにやろう」と。

 

としたら、最低限のやるべきことは見えてくると思います。

 

今日を持って、ランディング(助走)小僧を卒業して、スタートとしてランナーになりますね(^ ^)

 

明日の毎日ストーリーには、何が待っているか楽しみです。

 

 

【365日の毎日ストーリー】
4/365の毎日ストーリー (2019/7/11)

 

今日朝は爽快な目覚めだった。でも、少し眠い。ちょうど、自分は1日24時間をいかに使うかという中で、睡眠時間は「6時間」とろうと目標に決めた。これが、自分の活力の元になるのなら、そうしようと決心したわけだ。

 

でも、こんな簡単に見える目標も、全然達成できてない。今年になってやる事を自分でたくさん作り、そもそも「全然時間ないやん!」って思ってしまっていて、この目標達成には、自分のやる事やらなければならない事をしっかりルーチン化しないといけないんだろうと思う。

 

とにもかくにも今日は、「6時間寝るぞ!」ああでも、無理やった〜

 

【物語の始まりと終わり】

 

今日は、あるビジネスコミュニティーで後輩と久しぶりに大いに語り合った。こういう出来事は、そんなに毎日あるものじゃないだけに、ピックアップする「ストーリー」になりそう。

 

でも、その中身をこの「毎日ストーリー」で事細かに語る気にはなれない。人とおしゃべりするのと、文章で人に伝えるのとは少々趣が違う気がするからだ。

 

エピソードがないわけではない。でも、ストーリーで取り上げてそれを語るほどでもない。ほとんどがそんな毎日の繰り返しのような気がする。

 

今、私のビジネスに対するモットーは、「自分の人生の物語は自分で作る」としている。

 

人はそれぞれ色んな人生を送っている。毎日が何かしら語れる出来事がある。朝起きて顔を洗って、ご飯を食べて。ご飯でなくとも、パンであったり。そして、通勤。会社に着くと仕事開始までのアイドルタイムがある。そこで何をするかは、人それぞれのルーチンがある。仕事にかかるとあっという間にお昼になる。お昼ご飯を食べて、ちょっと休憩して。お昼からは、眠たいけれど必死で我慢しながら5時6時まで、なんとかこなす。そして定時で帰れる人は、そこからはプライベートだ。お店に行ったり、人と飲みたべしたり。はたまた自宅に直行で、晩御飯を食べながらテレビを観たり。そしてお風呂に入って、明日の準備をして寝床に入る。おやすみなさい。

 

 

こんな毎日が果たして「毎日ストーリー」になるのか。でも、何と無くのこの毎日でもエピソードの中に、人に語れるだけの観点があるはず。

 

 

 

「ストーリー」と言えば、「小説」「漫画」「映画」「ドラマ」「演劇」などの読み物、観る物を連想する。そこには、物語特有の三幕構成で、「はじめ」「なか」「おわり」がある。

 

ストーリーは、盛り上がらなくてはならない。特別でなくてはならない。演出っぽいイメージがないと「ストーリー」と言えない、って感じが一般にみんなが持っている感覚なのでしょうね。

そういう自分も、言うに及ばずそんな感覚は持っている。

 

でも、自分のバースデーという記念日を発端とした「毎日ストーリー」を書いてみようと思い立ったのは、ごく一般にある毎日が、ストーリーとして語れるだけの毎日であるのかということに対する自分自身へのチャレンジのようなもの。

 

 

先に書いた、取り立てて書くほどのエピソードでなければ「ストーリー」にならないと思っていると、おそらくあっという間に毎日同じことの繰り返しののち、1年が経ってしまうのだろう。

 

こんな風に思ったからこそ、今年は特別な年にしようと決意したならば、実は「観点」で、人に物語れるだけの「ストーリー」がかけるのではないだろうかと思ったのだ。

 

ただ、こんな頭の中の思考的な文章をつらつら書いただけでは、「読み物」にはならないことはわかっている。

 

個人のブログでも、何かしらのエピソードを見つけて、掘り下げてみたりの行為の後、記述に移っているからだ。

 

「物語」は、人に伝えるためにあると思っている。だから、「毎日ストーリー」は自分の日々での出来事を羅列するだけの日記ではなく、人に伝えるための「読み物」になる必要がある。

 

今日は、ぐるぐる頭が渦巻きながら、思考してみた。

 

 

【毎日ストーリーを「読み物」にするには?】

 

自分の人生の物語は自分で作る観点を持って、日々の自分の生活、行動を「意味ある読み物」に変える行為とするのだ。

 

「観点」というのは、「見方」「考え方」のようなものと捉えている。

 

毎日必ずどこかで、新鮮なものや、深掘りするもの、トピックとしてあげれそうなものに遭遇していると思う。これをただ、何と無くやりすごしていれば、「読み物」をかけない。

 

だから、今日は色んなお話をして過ごした時間を「ストーリーとしての読み物」にできない自分がいた。

 

人に読んでもらえるだけの「読み物」だけが「ストーリー」ではない。けれど、「読み物」にこだわるということは、やっぱり人に読んでもらえるだけの価値を持ちたいという欲があるのだ。

昨日の「武庫川駅」という「読み物」は、ただ駅について電車に乗っての機能的な行動だけでは、川の上にある珍しい駅という観点に行き着かなかったと思う。


その後の、行列のできるお店は、特別に見かけたエピソードになる出来事だったので、文章としては数本書けると思う。

 

だから、毎日「観点」を持とうと思う。

 

明日の何気ない「1日」が楽しみだ。何が書けるかな。

 

 

そう言えば、ブログのことで思い出したけど、飲食のレビューは単純な出来事を自分なりに解釈して、評論する行為なので、毎日の食事がある以上、毎日ブログをかけるのは、理解できる。

であれば、「1日の出来事」を解釈を入れて、出来事を「読み物」に変えることができるような気がした。

 

「毎日ストーリー」は今の所、自分にとっては、「日記」みたいなものだから、出来事の観点を変えて、「読み物」として書いてみることからトライしてみようと思う。

 

「毎日のストーリー」が映画の三幕構成みたいな、始め、なか、おわりがなくても、どこかで気づきがあるかもしれない。

 

続けることで気づくこと。経験値でしか、物事を「説得」「納得」させることはできないからね。