江戸の昔は、地震、雷、疫病等の天然自然現象に止まらす、火事に辻斬り、強盗、窃盗(せっとう)等の人災に至る迄庶民は儚(はか・頼りな)い身の上で毎日生活して居たから何かに付けて、現担ぎ(げんかつぎ・縁起・ジンクス)を大切にする。
縁起でもねぇ~や
言葉を大切に使ったので有る。
日常会話でも
去る
割れる
する
等の言葉は嫌われて、去るはいぬ(行く)、割れるは数がふえる。
するは当たる。
すり鉢は当たり鉢。
スルメはアタリメ等の言い替えにより事態の好転を願う訳で、言葉には魂がこもると言う基本姿勢を貫いて居て、江戸っ子は雷等の場合にはクワバラクワバラと唱える。
此は雷は天神様で、天神様は菅原道真公で、公の領地が近江の国の桑原(くわばら)で有り、御自身の領地には災い(雷)は落とすまいとの願いに元ずくので有る。
旦那(だんな・家の主)が玄関を出る時には切り火と言って火打石(ひうちいし)と火打金(ひうちかね)を打ち合わせて火花を出して、火で清めて無事を願う切ない想いを込める訳だ。
茶柱と言って茶葉の茎が湯の中に立っただけでも、普段と違うから縁起がいいじゃ~ねぇか~
と成る。
わずかな光明に明日を見る。
悪い事を見ちゃ~駄目だぜ~と江戸っ子のお兄さんが粋(いき)に言うので有る。
他人を勇気付ける此、すなわち粋(いき)の極み成り。
2024年9月15日




