二子玉川のしおんTake2で
猫の為のチャリティーコンサート
があります。
2026年4月29日
1回目11:30~13:00
2回目14:30~16:00
予約制です。
予約・問合せ オフィスぺぺ
電話 090-1855-4744
(ショートメール可)
メ-ル natsukatze@ezweb.ne.jp
入場料 一般 3000円
学生 2000円
3歳以下 無料
お席が必要な場合は学生とさせて頂きます。
会場 しおんTake2
世田谷区玉川2-12-7
NSEビル地下1階
江戸の悪さの一っに火付け(ひつけ・放火)と言う物が有り、単なる変質者の放火から、火災の騒ぎに紛れての火事場泥棒から、純粋な怨恨(えんこん・うらみ)迄多彩な原因から火事が発生するので有るが、其の手口と言うのも様々で中でも悪質なのが生きた猫を使うと言う物が有る。
如何にするかと言うと猫に油、今日成らば灯油と言う所で有るが、江戸時代では菜種油や灯(とも)しに使う鯨油(げいゆ・くじらあぶら)を掛けて毛に染み込ませて放火する家の縁の下近くで猫の毛に火を放つと言うあくらっな物で、勿論驚いた猫は縁の下深く飛び込み家の奥の下から火災が起きるので、全焼間違い成しと言う火の付け方で最悪な放火で有り、一頃此の手口が江戸で流行ったらしく猫が赤く火だるまに成る事から「赤猫」言うと放火の様を表す表現と成ったそうだが、此の手の狂気に抵抗すると言う事は容易ではなくて、やはり火盗改めの鬼平の旦那にお出まし願いやすか?。
2024年11月11日
殿(との・偉い人)は、たまにご乱心するらしい。
三方原で甲州から京に向かう武田信玄さんの最強の甲州軍に戦いを挑んだ松平元康さん、後の徳川家康さんは家臣の大多数が戦いを挑まずおとなしく籠城して甲州軍の通過を待つべき、と言うまとも(正常)な作戦に反して、三方原に信玄を迎え撃つ作戦に出た~。
案の定甲州軍に大敗喫して、命辛々(いのちからがら)ほうほうのていで岡崎城に逃げ帰り籠城する事と成ったので有る。
最初から籠城すれば大切な家臣を失わなかったのに、と思うが殿は時にご乱心するので有る。
しかしながら、負け戦の結果果敢(かかん)な戦いを挑んだ松平元康の根性と三河軍の戦い振りが後々松平は侮(あなど)れ無いと言う伝説に成って行き、天下を手にする礎(いしずえ・もと)と成った。
負けて勝ちを拾う。
さて、今日大敗を喫した我が殿の今後や如何に?。
後の大敗の意味や如何に?。
一つにはグレー議員が一掃去れた事は確かだろう?。
後、以前の総理の色も褪せる結果と成ったのは、作戦の内か怪我の巧妙なるかは後世知るべし。(歴史が証明する。)
「負けて強く成る相撲かな。」
と小泉の殿も語られて居る。
2024年10月28日
世の中には何故此の様な物が有るのか解らない物が星空の星の様に無数に有って、謎のままに現代にも存在していて銅鐸(どうたく)も其の星のまたたき似て謎に未了去れる。
実は我が家にも銅鐸は有る。
と言っても、勿論オリジナルでは無い。
もしオリジナル成らば数千万円はすると思われる。
レプリカ(複製品)ながら、以前島根県の道路工事現場一ヶ所から20数ヶ程出土すると言う奇っ怪な事件が有り、その折に研究用に出土した物を精密製作去れた一部余じょう品が市場に流れた物を手に入れたので有る。
何故其の様な物をと思われるだろうが、実は銅鐸の音色を聞きたくて我が物としたのだ。
本物を叩く訳にも行かずレプリカと言っても展示品を実際叩く事は不可能と言える。
僕にはどの様に見たとしても銅鐸はベル、詰まり鐘にしか見えない。
但し異常に巨大サイズで中には高さ1mを超す物も有り、そうなると実用性を失うので、小さい物程実用のベルを彷彿(ほうふつ)とさせられる。
実際高さ10㎝程の銅鐸型ベルを見た事が有るが、其はペルー製と聴いて驚いたので日本と南米の繋がりに思いを馳せた事が有る。
此処でレプリカの銅鐸の音色に戻ると日本の現在の梵鐘(ぼんしょう)と異なり余韻無しのガーンと言う感じで寧ろ中国の梵鐘にニアンスが似る。
但し、外側に叩いた跡は皆無なので、内部に木の棒を吊って舌の様に振り縁に当て鳴らした様だ。
其の吊るし紐のセット穴と思わしき穴が本体に4ヶ所開く。
発掘品は表面が酸化去れて、青銅色だが本来は合金の故に真鍮色、黄金色(五円玉色)で有った様子だ。
古式の神事で、小形の銅鐸型ベルを幾つか木に吊るして其を揺すり鳴らすと言う神事が伊勢神宮に有り、その専門神職を鈴木と言う姓で呼んでいたそうだ。
どおして銅鐸は有るのか。
2024年10月3日