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尾川永次のブログ

小説、ポエム、旅日記などなど徒然なるままに行きたいと思っています

最初は手を貸せばふらふらした状態でも風呂から出られたので
母親だけで何とかなったのですが、やがて風呂から出られなくなりました。

そうなる前に早く出なさいと説得するのですが「もう少し。もう少し」とだだをこね
湯船から出ようとしません。挙句立てなくなる始末。

こうなると母親だけではどうにもならずその度に私が呼ばれます。

お湯を半分抜き低血糖用のゼリーや冷たい水を飲ませ引き上げて風呂から出す。
そんな毎日でした。
それでも親父は相変わらで、飯は殆ど食べず、運動もせず
酒を飲み続ける日々を送っていました。

そして何ヶ月かしたある日の朝。叫ぶような声で母親に呼ばれると、父親の様子が・・。
「おとうさん!おとうさん!」
布団で寝ている父の耳元で母が声を掛けると親父は頭を少し動かして
いるように見えた。
「何。どうしたんだよ?」
「おとうさんが変なのよ」
確かに頭を動かしているようだが母親の呼びかけに反応している様には見えなかった。
「どうしよう・・」
「親父!」俺も耳元で叫んだ。
聞こえているようだがやはり反応が変だ。
「救急車呼んだ方がいいな」
「でも、反応してるし。救急車を呼ぶなんてみっともない」
「そんな事を言ってる状態じゃないって!」
直ぐに一一九番に連絡を入れた。

我が家で呼んだ初めての救急車。



昨年、父が八十五歳で他界した。

糖尿をわずらいそこから敗血症や多臓器不全が主な原因です。

で、その数年前くらいから父の介護が始まりました。

介護と言っても完全な寝たきりでは無かったのですが
低血糖で風呂から出られなくなるのが一番の問題でした。
その度に風呂から必死の思いで引きずり出してました。

身長百七十四センチで体重六十五キロ(これでも大分痩せました)。
力の無い者にはそれがどれだけ大変か。
とにかく酒と風呂が大好きで自分ではってでも沸かして入浴しますが
意識がもうろうとして出られなくなるんですよね。

しかも歩かないせもあるのでしょう、汚物を撒き散らしながらの
介護でしたが介護士さんや高齢の方が全てを介護をするのは
本当に大変なのだとつくづく思い知らされた次第です。
(女性は大きな男性が好きですがもし旦那を介護しなくては
 ならなくなったら本当に大変だと言うことをお忘れなく。
 出来れば少しでも鍛えておくことをお勧めします)

母がガンになった。

親父が天に召されて一年。

母が腎臓ガンになった。


悪性で転移していると言われた瞬間、頭の上に目覚まし時計を
乗せれた気がした。

コチコチ、コチコチ、時計の秒針が頭の中で聞こえる。
コチコチ、コチコチ、命を刻む音が聞こえる。

そんな気がした。