903号室
尾川永次
第七章 由香里
香苗の眼には明らかに戸を開けて部屋に入って行く弘治の姿を
追って白い影が吸い込まれる様に入って行くのが見えた。
「カシャン!」
香苗の手から落ちた皿が床で割れた。
(え?何今の?まさか…)
急いで後を追いベッドルームの戸を開けた。
「弘ちゃん!」
女の姿は無かった。
「何だよ。いいから寝かせてくれよ」
「あ、ごめん。夜のご飯何がいいかなって聞こうと思って」
「そんなの君が決めればいいだろう!俺は寝るんだよ。邪魔しないで
くれ!」
「うん。分かった」
とっさのことで弘治を追いかけ部屋に飛び込んだが今になって恐怖
が込み上げていた。
透けてはっきりとは見えなかったがあれは明らかに女だ。髪の長い
女の霊だ。
香苗はキッチンに戻ると震える指で友人に電話を入れた。
「もしもし。由香里」
「香苗!久しぶりね。どうしたの?こんな朝早くに電話なんて」
電話の相手は大学の友人で現在はスピリチュアルカウンセラーをしている國本由香里だった。由香里は子供の頃からの霊媒体質で香苗は霊の話を幾度と無く聞かされていた。
「実は弘治さんがおかしいの」
ここ数日の様子とさっき見た白い影のことを由香里に話した。
「そうね。少し気になるわね。弘治さん寝てるかな?」
「最近疲れているせいか寝つき良くて、もう寝てると思う」
「その方が都合がいいわね」
「そうなの?」
「疲れている時や睡眠中の無防備な波動は霊にとって都合がいい
のよ」
「それで夜とかに出ることが多いんだ」
「そう言う事。で、弘治さんの寝姿をスマホの動画で私に送ってくれる
かな」
「分かった」
香苗は弘治の寝姿を由香里に送った。
「弘治さんの横に女性が立ってるわ」
「まさかとは思ったけど…」
「孤独感に支配されている。そして強い力で弘治さんを引っ張ろうと
している。勿論自分の世界にね。既に弘治さんの中にかなり入り
込んでるからあまり時間は無さそうね」
「えー、どうすればいいの?由香里助けて」
「私仕事で九州なのよ。今日中には帰れるかどうか分からないわ」
「じゃあどうすれば?」
「香苗、落ち着いて。いいこと。私から連絡しておくから知り合いの
神社に行って」
「そ、それで?」
「後は貴方の行動しだいよ。気を強く持つの。霊に勝つには強い信念
が必要なのよ」
「分かった。頑張ってみる」
電話を切った由香里は一抹の不安を抱いていた。
今、出来るだけの助言はしたが、霊能力の無い香苗が強い邪念を持った霊に勝てるのかどうか…。