「返事できますか、Iさん?私の声が聞こえてますか?」
救急隊員が親父の耳元で問いかけると小さな呻き声が口から漏れた。
聞こえているのかいないのか、分かっているのかいないのか・・。
それさえも分からないほど小さな呻き声が・・。
そんな親父を観て心に去来した始めて死を意識した瞬間だった。
やがて引き受けてくれる病院がみつかり救急車は四十分ほど離れたK病院に向けて
親父とお袋を乗せて走り出した。
「もう少し遅かったら危なかったかもしれませんね」
一時間後に到着した病院で医者から言われた言葉だった。
低血糖で危険な状態になっていたようだ。
点滴をして二時間後に親父を連れて病院を後にした。
後日分かったことだが通っていた医者からは色んな薬や漢方をもらっていたようだが
服用していたのは血糖値を下げる薬だけだったようだ。
それもでもまあ、なんとか事なきを得た。そう思っていたが、これを境に
親父の状態が変っていった。
転寝をするかテレビを観ている。
そして風呂から出られなくなり、食事も母親に食べさせてもらう。
でも酒と風呂だけは欠かさない毎日。
母に世話をやかせている姿は子供返りとでもいうのだろうか。
甘えている。そんな風に観えた。
親父は小さいときに両親から離れ親の愛情が希薄な人生を送ってきていた。
もしかすると親父が一番欲しかった物は妻の愛ではなく母親の愛なのかもしれない。
私にはそう思えた。