Crystal Gazer (4) | 尾川永次のブログ

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小説、ポエム、旅日記などなど徒然なるままに行きたいと思っています

                 - それぞれの思い -

一夜明けたナダルの森の馬車道は霧雨に包まれ、空は灰色の雲が森の木々を押し
 つぶしそうなほど低く垂れ込めていた。その重苦しい空気を切り裂いてシーラスを乗
 せた馬が泥を跳ね上げながらネイザンの館目指し全速力で駆け抜けて行く。

シーラスが急ぐのには訳があった。ジャンが一人で国境の町バルザに向ってしまった
 のだ。ドラゴンテイルのクリスタルは魔法師が力を送らなければやがて魔力が失わ
 れて元の錆びた切れない剣に戻ってしまう。そうなったら魔物に取り憑かれた兵士
 はおろか相手が誰であろうと結果は見えている。
一刻も早くネイザンの許しを得て
 ジャンを止めに行くつもりなのだ。

馬の速度を少し落としてシーラスは馬車道から館へ続く細い道に馬を入れた。それで
 も
生い茂る木々の小枝が馬上のシーラスを鞭のように容赦なく打ち据え、顔を守る
 為に上げた左腕に痛みが走る。着ていたローブの左袖は所々が切れて血も滲んで
 来たがシーラスは構わず走り続けた。

やがて館を望む湖沿いの道に出て飛んで来る枝が無くなると
、「ヤァッ!」掛け声
 一閃、落ちていた馬の速度を再び上げた。

館の前ではムスダムが食事の準備をする為、食材を運んでいた。
そこへ馬に乗ったシーラスが勢い良く走り込んで来た。
シーラスは手綱を強く引き馬が止まる前に飛び降りると急いで手綱を柵に繋ぎ、門の
 前に居るムスダムに走り寄り肩で息をしながら言った。

「法師は、ネイザン法師はどちらにおられますか?」
「慌ててどうなされ・・袖が切れて血が滲んでいるではありませんか!」
心配するムスダムの言葉を遮るようににシーラスが言った。
「それより法師に火急の報告があります!」
ムスダムは驚いていた。雨に濡れたまま腕に負った傷を気にもとめず、その上いつも
 の冷静さをシーラスが失っていたからだ。
「法師は玄関ホールでソフィー皇女とお話をされておりました」
「ありがとうございます!」
そう言いながら急いで館に入ろうとした時、シーラスのただならぬ声を聞きネイザンと
 ソフィーが館から出て来た。
「どうしたのだ、シーラス」
「法師。ジャンが一人でバルザに向いました!」
「何だと!何故そのようなことに!?」ネイザンの顔が俄かに険しくなった。
シーラスは懐から折りたたまれた紙を取り出し、
「ジャンの置手紙がありました」そう言って
ネイザンに差し出した。

-勝手な事は分かっているがバルザには俺が育った家があり、育ててくれた人達と
 仲間達が居る。法師に怒られるのは覚悟している、だけど俺にはこうするしかない。
 すまんシーラス、バルザに行く-

手紙を持つネイザンの手に力が入る。それは不用意にバルザの情報をジャンに告げ
 てしまった自分に向けた怒りからだった。
「ジャンはバルザにある教会で姉と育ったのだったな」
「はい。十五才までバルザのラミーレ教会で」
「うかつであった・・」重い声で呟いたネイザンにシーラスが言った。
「法師、今なら馬を飛ばせば森を出る前に追いつけます。ジャンを止めに行かせて
 下さい。ただ・・」そこでシーラスは口ごもった。
「ただ何だ、シーラス?」
シーラスは俯いたまま言いあぐねていたが口を結び意を決してネイザンに打ち明け
 た。
「ジャンが、ジャンが私の言うことを聞かぬ場合は私もバルザに行くことをお許し下さ
 い。それが叶わぬなら今ここで私を・・」
そしてシーラスは頭を深く下げてネイザンに言った。
「私を破門にして下さい!」
ネイザンは頭を下げたままのシーラスの肩に右手を乗せた。
「シーラス、お前の気持ちは分った。だが、そう結論を急ぐでない。ジャンが出発した
 のはいつだ?」
「二時ほど前にパイクに乗って出ました。足の遅いパイクでも早くここを出ないと手遅
 れになります」
ネイザンは蓄えた顎髭をさすりながら「パイクで出たのであれば迂回せずに山越えの
 道を行くつもりであろう」
「私もそう思います」シーラスは頷きながら返事をした。

-ここでパイクの説明をしておこう。パイクとは角の無いトナカイを二足歩行にしたよう
 な外見に鳥のような足をもつおとなしく従順な哺乳類で、馬のように速くは走れない
 が山岳地帯や砂漠など厳しい環境を得意としていた。

ネイザンはほんの少し地面を見つめてからシーラスを見て言った。
「一刻も早くバルザに着きたいと思うのであれば、ゴライ山脈の山中で野宿をすること
 になる。お前の心配もそれであろう」
「はい、ここからパイクで行けば山の中で陽が落ちます。そして野宿をすれば確実に
 山の獣達に襲われます。今のジャンの力で防げるかどうか・・」
「確かジャンはパイクと家族同然のように暮らしていたのだったな」
「はい」
「そうなるとパイクを守りながらの厳しい戦いとなるは必定」
「ですから直ぐにでも行かないと・・」
シーラスの喋り方に焦りを感じたネイザンはゆっくりと諭すように言った。
「お前の心配する気持は分るが焦るでない。それに行くなとゆうてるのではないぞ。
 冷静に判断すれば道はいくつもある事がわかるはずだ。遠くない未来に、戦いの
 場に出なければならないジャンにとって一番良い道とは何なのか、考えればおのず
 と答えは出るであろう」
シーラスが答えを見つけるのにさほど時間はかからなかったが、それより導き出した
 答の危険さに不安を感じた。     

法師、もしかして獣達を使ってジャンのレベルを上げようと・・
「そうだ。今のジャンにバルザに行くなとゆうても無理であろう。それより山の獣達相手
 に勝てぬようではバルザに行けても結果は同じだ。むしろ契約の儀を済ませた
 ジャンにとって危険ではあるが一番良い修行かもしれぬ。次のステップに進まねば、
 剣士としてこの先の戦いに生き残る事は叶わぬ。お前達も見たのであろう。第二段
 階に達したソフィーとドラゴンウィングの力を」
ジャンの前で消えたように見えるほど速く動いた力のことである。

シーラスは何も言えなくなっていた。確かに法師の言う通りなのだ。第二段階に達して
 いないジャンがこの先魔物達と戦っても勝つことは出来ないだろう。戦場で生き残る
 方法はただ一つ、相手より何かが秀でていなければならいのだ。それでも・・もし
 ジャンが闘い抜けなかったら・・そう思うとシーラスの心中は穏やかではいられな
 かった。

「ジャンが第二段階を発動できるまで魔法の助力無しでクリスタルのパワーを持続
 出来るでしょうか?」
「それは奴の潜在能力次第じゃ。どのみち獣達が襲って来るのは夜だ。それまでに
 ジャンに追いつければ問題は無かろう。だが、お前が助けるようであればジャンに
 先は無いぞ!その時は魔法を使ってでもジャンを連れて戻るのだ。分っておるな」
ネイザンにとってもこれは賭けだった。修行で徐々に力を上げて行くことが理想で
 あり、実戦の中でレベルアップしなかった場合、戦いで得た慢心や敗北感がレベル
 アップを遅くしたり、場合によっては不可能にしてしまう事もありうるからだ。

「はい、覚悟しています」シーラスの言葉に冷静さが戻っていた。
 ネイザンの言葉通りその方法がベストだと思えたし、それにもまして後を追う許可を
 貰えた安堵感からだった。

その時、横に立っていたソフィーがネイザンに言った。
「法師、お願いが有ります」
ネイザンが振り向くとソフィーが真剣な表情でネイザンを見つめていた。
その眼は何を言いたいのか一目瞭然だった。
「お前も行くとゆうのか!?」
「はい。彼らには私の力が必要だと思います」
ソフィーが力強く言うとネイザンはソフィーの耳元に顔を近づけて言った。
「あやつらを助ける為だけではなかろう」
「え・・」
「気になるのだろう、ジャンが。レベルアップするのかどうか」
ネイザンの言う通りだった。たった二日で第二段階に進むなんて本当にそんなことが
 可能なのか自分の眼で確かめてみたかったのだ。
「法師に隠し事はできませんね。それともう一つ。古の言葉、私も聞いています」
「ムスダムに聞いたのだな」
ネイザンは眼を閉じて大きく吸った息を鼻から荒く吐くと眼を開けて言った。
「どうやら止めても無駄なようじゃな。仕度をして来なさい」
「ありがとうございます!」
館に駆け込んで行くソフィーを見ながら
ネイザンはやれやれといった表情をして呟い
 た。
「そなたの父上になんて言えば良いか・・」

だがネイザンの顔は直ぐに真剣な表情に戻りシーラスを見た。
「シーラス、バルザに行くかどうかの最終判断はお前に任せる。山越えの道で行くと、
 迂回してバルザに向った魔法騎士団とバルザの前で合流できるかもしれん。お前に
 手紙を託す、団長の魔剣士ランドールに渡しなさい。許しがでたら騎士団と行動を
 共にするのだぞ。兄弟子ラミアス法師も同行しておる」
「ありがとうございます。そのように致します」
ほっとした表情のシーラスを見ながらネイザンが言った。
「その様子ではまだ何も食べてはおらんのだろう。出発は食事をしてからじゃ。荷物を
 パイクに積み替えたら呪術部屋に来なさい」
「はい。直ぐに伺います」
「ムスダム、後は頼むぞ」そう言いながらネイザンは館に入って行った。
「かしこまりました法師」
そう言うとムスダムは馬から荷物を降ろす為に荷紐を解こうとしていたシーラスに歩み
 寄った。
「シーラス法師、私がパイクに荷物を積み替えておきますので中にお入り下さい」
ムスダムに法師と呼ばれたシーラスは手を止め複雑な表情をして言った。
「早く魔法師になれればと努力していますが私はまだ魔導師です」
ムスダムは荷紐を解きながら言った。
「貴方が作られたドラゴンテイルのパワークリスタルを法師がお褒めになってらっしゃ
 いましたよ。力を感じるクリスタルだと」
「本当ですか?」シーラスは嬉しさの中にも信じられないといった顔をした。
「今日、修行を始める前に魔法師の儀式を行うとおっしゃってました。おめでとうござ
 います」

シーラスは思いもよらぬムスダムの話に言葉を失ったまま荷物の降ろされていく馬の
 背中を見ていた。魔法師になれるのはまだまだ先の事だと思っていたからだ。
 もっとも魔法師の称号にもビギナーからマスターまでありネイザンはグランドマスター
 と呼ばれていた。

少しして我に帰ったシーラスはムスダムに深々と頭を下げ少し震える声で言った。
「今まで本当にありがとうございました・・」
 シーラスの頭の中で六歳から始めた厳しい魔法の修行が走馬灯ようによぎって行
 く。そしてその後ろでいつも励まし助言を与えてくれたのがムスダムであり、親兄弟
 のいないシーラスにとっての親代わりといっても過言ではなかった。

ムスダムは解いていた手を止めて頭を下げているシーラスに体を向けた。
「おやおや、なんです、魔法師なるお方が。頭を上げてくだされ。大変なのはこれから
 ですよ。さあ胸を張って!」
「はい・・」
そう言って顔を上げたシーラスにムスダムは厳しい表情を浮かべて言った。
「魔法師の儀式を済ませたら食事です。ムスダムの料理を食べずに旅立ちなどもっ
 てのほかですからね」そう言い終わるとスダムは嬉しそうに笑った。
「ほっほっほっ。さあ
早く行かないと法師の気が変られたら大変ですよ」
「はい」
返事をしたシーラスが館の中に入って行くのを見つめていたムスダムの顔から笑顔
 が消えていた。魔法師になったとゆうことは戦いの場に送り出す時が来たのだ。
 ムスダムは降ろした荷物を持ち、霧雨の空を見上げた。そこには、この先の過酷な
 旅路を暗示するかのような重苦しい灰色の雲がゆっくりと流れていた。

館に入ったシーラスは二階にある呪術部屋に向った。いつもは平然と上がっている
 階段なのに一段一段上がるごとに喜びと緊張から高鳴る胸の鼓動がやがて階段を
 上がる音より大きくなっていった。
それは単に魔法師になるとゆうことだけではなかったからだ。ネイザンという全ての
 魔法師の尊敬を集めた最高位の魔法師に認められる事でもあるからだ。
部屋の前で立ち止まったシーラスは大きく深呼吸をしてからドアを叩いた。
「シーラスです」
「入りなさい」
「失礼します」
シーラスが中に入ると蝋燭の灯りに照らされたネイザンが祭壇の前に立っていた。
「ここに跪きなさい」
「はい」シーラスはネイザンの前に歩み出て跪いた。
「良くここまで精進したな。ドラゴンテイルのクリスタルは魔法師と呼ばれるに値する
 
見事な出来であったぞ
「そのお言葉をいただけて光栄の極みです」
ネイザンは祭壇に置かれていた灰色のローブをシーラスの背中に掛け、手にした杖
 の柄の部分で紫色に淡く光るクリスタルをシーラスの左肩に乗せると、ゆっくりと
 力強い声で魔法師の儀式を始めた。
「魔導師シーラス・ハイドシュルツ。北の国ヘイゼルの魔法師として国と王と民に正義
 と忠誠を全うすると、ここでそう誓うか?」
シーラスが答えた。
「魔法師として国と王と民に正義と忠誠を全うすると、ここに誓います」
「では魔法師の証として、この杖を授ける。受け取りなさい」
「はい」
ネイザンはシーラスに杖をさし出しながら続けた。
「よいな魔法師としての誇りを絶対に失ってはならんぞ」
「そのお言葉、胸に深くきざんで置きます」
受け取った杖を見てシーラスは驚いた。
魔法師の証として受け取った一角獣の角から作られている杖にマスタークリスタルが
 付いていたからだ。

マスタークリスタルはクリスタルの中で最も強力な力を持ち、これを作り使いこなす
 ようになれると上級魔法師、マスターマジシャンと呼ばれるようになる。

「これはマスタークリスタルではありませんか!?」
「クリスタルは我が師バスクラールから受け継いだもの、使いこなせるように修行を
 続けるのだぞ。杖はムスダムが三ヶ月かけて作った物だ。それとマントは千年樹の
 葉で育てた蚕から取った魔法の糸を縫い込んである。後はそなたの魔法次第じゃ」
「お心使いに感謝します」
「ソフィーとジャンを頼んだぞ、魔剣士と魔法師の協力があってこそ魔物達に打ち勝つ
 大きな力が生まれるのだからな」
「はい、
ご期待に沿えるよう全力を尽くします
シーラスは再び頭を垂れた。

一時間後、食事を終えたシーラスとソフィーの出発の時間となり館の前には全員が
 出ていた。
雨は半時程前に上がっていたが相変わらず灰色の雲が空一面に低く垂
 れ込めている。


ネイザンから贈られた灰色のローブを着たシーラスと緑のシャツとパンツ、茶色の皮
 のベスト姿のソフィーがパイクに跨りその時を迎えた。
「命を粗末にするでないぞ」ネイザンが二人に声を掛けた。
「はい」ネイザンの言葉にシーラスとソフィーが返事をしながら頷いた。
「では、行って参ります」
出発を告げたシーラスに続きソフィーもネイザンに言った。
「法師、行ってきます。父の事お願いします」
「分っておる、さあ行きなさい」
「はい」
二人がパイクの横腹を軽く足で叩くとパイクは早足に歩き出した。
「しっかりな!」「頑張れよ法師!」
次々と仲間の魔導師から見送りの言葉が飛ぶ中、
ゴライ山脈へと向う為ナダルの森
 の中に二人は消えて行った。

二人が見えなくなった後も森をじっと見つめていたネイザンが独り言のように横に居る
 ムスダムに呟いた。
「これで良かったのだろうか・・ジャンに過酷な試練を与えた上に未熟なままの彼らを
 戦場へ送り出してしまった」
同じように二人を見つめていたムスダムが古の言葉を口にした。
「ドラゴンに五つの力あり。剣に収めしクリスタルが呼応しあうとき、大いなる力が生ま
 れ混沌の大地から人々を導くであろう」
ソフィーはムスダムからこの言葉を聞いていた。
「その古の言葉に従い二人そろっての修行をと思っておったのだがな」
 そう言うとネイザンは唇をかみ締めた。
「私にはドラゴンテイルがジャンを選んだ時からこうなる運命だったような気がします。
 あの剣は修行の場ではなく戦いの場を求めたのだと」
「そうか・・そうかもしれんな」ネイザンは自分を納得させるように呟くと悲しげな表情で
 館に戻って行った。

一人、館の前で佇んでいたムスダムは二人が消えた森に向って深々と頭を下げた。
・・ご無事で、どうかご無事で・・そう祈らずにはいられなかった。