官僚のいた夏(日本版)
ここは「とある国」の「とある首都」にある「とある政府機関」が建てた地上二十六階
地下三階SRC構造で薄茶色のゴージャスな「とあるビル」の二十階に入っている
「とある薄暗い一室」に「とある男達」がいた。
その薄暗い部屋の中で六人の男達が、徹夜明けではカップラーメンが出来るのを
待つ間に寝てしまうほどゴージャスなソファーに身体を沈めヨントリープレミアム
缶ビール片手に当り目をクチャクチャやりながらバイオニア製 六十インチ
地デジ対応フルハイビジョンプラズマテレビ ”グロ”希望小売価格九十四万円
(税込)の美しい映像を観ていた。
その中の、目の細い達磨のような顔をしたメタボ腹の男が五百ミリリットルの
缶ビールを一気に半分ほど胃袋に押し込んでから野太い声で言った。
「ゲプッ・・このテレビ、映りが悪いから廃棄処分だな。処分先は自由が丘じゃなくて
白金のマンションでいいからな」
この羞恥心のかけらも感じさせないげっぷ音を出し、鼻の穴に正露丸を
突っ込まれても文句を言えないほど図々しい事を平気で口にしたのは
年金保健局主席統括管理官、池田金作五十七才だった。
「またですか。この前廃棄処分にして持ち帰ったゾニーの五十五型液晶テレビは
どうしたんですか?こう度々持って行かれては・・」
困惑した顔で言い返したのは浅黒い狸顔の保健局資材管理部長の安永宗一
四十八才だった。
「あー、あれな。孫がゲーム機買ったんで自分の部屋に持って行くって言い出してな」
厚顔無恥と言う言葉はこの男の為にあるようだ。
それを横で聞いていた悪役の時の石○連司さんよりはるかに目付きの悪い
年金保健業務室長代理の市川孝次郎五十才が口を挟んだ。
「管理官、それはまずいですよ」
「硬いこと言うなよ。テレビなんて買ったこと無いから何買っていいか分からんのだよ」
「そうではなくてこのテレビに目を付けたのは私が先ですから。嘘だと思うなら後ろ
を見て下さいよ」
「おいおい、聞いてないぞそんなこと!」
そう言いながら眉間にしわを寄せた池田が安永を見る。
池田に催促された安永がテレビの後ろに回るとそこには一枚の紙が貼ってあった。
「これは・・」
紙を剥がして見るとそれは店頭で良く見かける購入予定者の名前が書いてある
予約済み用紙だった。
そこには確かに毛筆を使い達筆な字で「市川様」と書かれていた。
しかも字の下手な市川の字ではない・・どうみても趣味で書道教室を開いている
市川の女房、雪子の字に間違いなかった。
安永はその紙を池田に見せると同時に市川が言った。
「ほらね、俺が先なんですよ」
「何だ、それじゃあしょーがねーな」
池田は諦め顔でビールをぐいっと飲んだ。
安永は勝ち誇った市川の顔を見ながら心の中で叫んでいた。
・・何が予約済みだよ、このたこ!ご丁寧にこんな紙まで用意しやがって。
勝手に私物化してるんじゃねーっつうの・・
安永はおもむろにテレビを台ごとぐるりと百八十度反転させコードをしまう
ポケットの蓋を開け裏蓋を見せた。
そこには白いマジックで安永様売約済みと書かれてあった。
「私の方が先なんですよ」安永は勝利宣言の薄笑いを浮かべた。
市川の顔がみるみる紅潮していく。
「ちっ、なんて汚い真似しやがるんだ、資材管理部は」
唇を噛んで悔しがる市川を尻目に安永は勝ち誇った顔で
市川の予約済み用紙をこれみよがしに丁寧に折り畳み親指と人指し指で
つまみ汚物を捨てるようにゴミ箱に捨てた。
「まあまあ、あと二台買えばいいじゃないですか」
なだめる様に割って入って来たのは細身の青白い顔をした管理官の宮本紀夫
三十才だった。
それに合わせてパソコンオタクでお調子者の保健センター課長の松山秀雄
四十二才がへらへらした顔で言った。
「そうそう、予算なんてどうにでもなりますから」
「仕方ない、今回は譲るか・・しかし売約済みとは思わなかったな」
そう言いながら市川は苦虫をかみつぶしたような顔で当り目を食いちぎった。
そんな会話をまったく無視して食い入るようにテレビCMを見ていた総務部長の
高山明四十六才が顎の辺りをさすりながらにやけた顔でのたまった。
「ええ女やなー。名前、瀬永美智子いいよったっけな。今年の年金のキャンペン
ガールにどないでっしゃろ?」
それを聞いて宮本がため息をつきながら高山に言った。
「高山部長またですか。この前の一件、もみ消すの大変だったんですよ」
それを聞いた高山がにやけた顔を宮本に近付けて言った。
「えろう、おかんむりやな宮本、管、理、官。問題あらへんて、相手もスキャンダルは
困るさかいな。それより宮本管理官の親戚、文部局に入れるのごっつ苦労
したんやで」
高山の言い方は恩着せがましい上に完全に見下した言い方であったがそれは
宮本が三十才という異例の若さで管理官になれた事と関係していた。
この部屋に居る全員が自分達のいいなりになる宮本を管理官に引き上げて
尻拭いを全て宮本に押し付ける腹だったからだ。
だが宮本はそれを承知で管理官になった。東大以外の大学出身で三十才の若さで
管理官になるのは異例の事であり地位と給料二千万が手に入るのだ。
後はこいつらが辞めてしまえばどうにでもなる。責任さえ自分に掛からないように
すればいいのだ。そう考えていた宮本は無理な要求も二つ返事で引き受けた。
「高山君は相変わらず芸能人が好きだねー」
にやにやしながら言った池田に宮本が再びため息をつきながら釘を指した。
「池田管理官、この前の温泉旅行の一件、向こうの親が金で手を打ってくれたから
良かったものの、もう少しで裁判沙汰になるところだったんですよ」
その時、市川が薄ら笑いを浮かべながら自慢げに口を挟んだ。
「素人に手を出すから問題になるんですよ。相手にするなら半プロですよ、半プロ」
市川が言う半プロとは主にキャバレーなどに来るアルバイトの女性を指していた。
プロのキャバ嬢では到底かなわない、素人は何かと面倒くさい。
その点、店に縛られていないアルバイトならお金さえあればお互いに割り切った
関係が保てると勝手な理屈で豪語しているのである。
「そんなことより管理官、豚インフルエンザのせいで年金問題に支障が生じたとは
どういうことなのでしょうか?」このままだといつもの話で終わってしまうと思った
宮本は本来の話に戻した。
「そうそう、この状況だと我々の思惑通りには行かないですよね」
お調子者の松山が乗って来たので宮本は少しほっとしていたが、松山が言った
思惑という言葉がどういう意味なのか分かりかねていた。
「とりあえずニュースを見て現状を把握しないといけませんね」
宮本の言葉で全員がテレビを見た。
画面は美人の誉れ高い民放のアナウンサー中林舞が真剣な顔でニュースを
喋っていた。
「この娘ええなー。最近フリーになったんやろ。五十万も出せば
出来るんちゃうかな?」
高山はでれーっとした顔で周りを見たが誰も相手にせず黙ってテレビ画面を
観ていた。・・なんや、無視かいな。おもろない奴らやな・・そう頭の中で呟くと
高山はビールをいっきに飲んで中林舞をでれーっと見た。
高山明四十六才、この男から溢れ出る痴性(知性)を誰も止めることは出来な
かった。
テレビでは中林舞が中継先と真剣な顔でやり取りをしている。
「国立免疫研究所前と中継で繋がっています。研究所前の飯野さん」
「はい、研究所前の飯野です。先程、国立免疫研究所の平田所長から発表が
ありましたので、VTRを御覧下さい」
「今回のインフルエンザは主に十代から五十代の人に掛かり易い傾向があり六十代
以降は何らかの免疫があり、掛かりづらいのではと推測され、他の国でも
同じような報告がされています」
それを聞いた池田が腕を組み憮然とした表情で言った。
「おいおい、ほんとかよ!?じじばば駄目なの?がっかりだな」
安永も諦め顔で頭を掻きながら言った。
「ま、しょうがないでしょ。こんな結果になるとは誰も思っていなかったわけだし」
「菌ちゃんの勝手なんだからどうしようもないですよ。後は厚生局の仕事」
そう言って市川が当り目を口にくわえて天井を仰いでいると池田がふんぞり返った
ままビール片手に話始めた。
「そこなんだよ、インフルが収束してみろ、次の標的はここだ。下々の頭の中は
健康と金。だから安全だと分かったら次は金にいくんだよ。年金問題でまた
突付かれるわけだ」
「確かにそれは管理官のおっしゃる通りですね」太鼓持ちの松山が同調した。
「いいんじゃないの、言わせておけば。俺には関係ないし」安永が気楽そうに言った。
「そやそや、そないなことどうでもえーちゃうん」高山は話が女から逸れたので
退屈そうに言った。
このように彼らがいかなる状況でも、のほほんとしてられるのは、どんなに国が
赤字でもどんな問題が起きても給料が保障されているからに他ならない。
主席統括管理官の池田の年収は三千万、退職金七千万に天下り先も
すでに五年分内定している。むしろ事を荒立てると天下り先が無くなる恐れも
ある、当らず触らず何事も無く過ぎ去ってくれれば一番いい。
池田はそう思っていた。
保健局資材管理部長の安永は年収二千五百万、大岡山の官舎の家賃が月三万。
問題を作ったのは前任者であり、自分は何もしていない。とにかく責任さえ被る
ことなく無事に通りすぎてくれればそれでいいのだ。
後の連中の似たような物である。
まったくこんなのがいるから真面目に働いている人間がいい迷惑をするのである。
だが、今回はさすがに知らぬ存ぜぬではすまなくなっていた。
年金の記録が消えていることや無駄な使い込みが公になってしまったからだ。
統括管理官の池田に責任問題が掛かってくるのは必定であり、さすがの池田も
真剣に成らざるを得なくなっていた。
もっとも、残りの連中の頭の中は今更そんなこと言われても”リンダこまっちゃう”
くらいにしか感じていないのである。
それでも、とにかく今回のインフルエンザで支出が大量に減ってくれた後に経済が
順調になれば痛い腹を探られることも無くなるだろうと計算していたのである。
さらに市川が楽しそうにとんでもないことを言った。
「しかし思ったほどじゃなかったな。おかげで賭けに負けちゃったよ」
それを聞いて女の次に金が好きな高山がにやりと笑って言った。
「おかげさんでぎょうーさん飲み代稼がせてもろうて助かりましたで」
あろうことか、この二人は一ヶ月でどのくらい広まるか賭けをしていたのである。
「二人とも不謹慎ですよ」さすがに宮本が二人を軽くたしなめたが、言うだけ
無駄だった。既に鳥での賭けが始まっていたからだ。
・・官僚を知性ではなく良心で選んでたら、どれだけまともな国になっただろうか・・
宮本は真剣にそう思っていた。
少しして安永が身を乗り出し言った。
「確かにこのまま終わると政治家どもが点数稼ぎにこちらを攻撃して来るだろうな。
せめて年金問題が少しでも片付いてくれると助かったんだがなー。防衛局の
加藤が保菌者の多い地域知りたがってたから教えてやったのに。がっかり
させられたよ」
宮本が驚いた顔をして安永を見ると、池田はそれを察知して話始めた。
「防衛局はな、これを機会に細菌兵器の研究をしたいらしくてね。
だから予算を増やす為の事実が欲しい訳だ。だから水際の検疫ばかり
だっただろう」
「まさか・・国内に入れる・・」
宮本は一瞬そんな事をしていいのかと言い掛けて止めた。
こんな話を平然としている人達にヒューマニズムなど馬の耳に念仏であり
仏陀に教えを説く方がなんぼかましに思えたからだ。
その時テレビでは別の中継が入って来た。
「今回新たに都内での感染が確認されましたがそれに関して財団法人
国立疾病協会の三ノ宮研究員の見解をお聞き下さい」
「関西での発症を考えますと発熱のある海外旅行者が簡単に検疫をすり抜けたことに
とても懸念を抱いており責任問題になりかねないのではと思っています」
「なんだこいつ!余計なこと言いやがって。山でも海でもいいから遠くに飛ばせ!」
それを聞いて池田が怒り出したがいつもの事と安永は気にもせずテレビを
見ながら言った。
「やはり鳥が来るまで待つしかないか。で、どうなんだ松山?」
「鳥は期待出来そうですね。年金問題の解決にはもってこいかと思われます。
タミフルも有効では無いそうですので、効果は絶大かと」
それを聞いて困惑の表情で宮本が恐る恐る安永に尋ねた。
「まさか、保菌者を入国させるのですか?」
それを聞いて池田が笑い出した。
「ははは、まさかそんなことするわけないだろう。サポートだよサポート」
「サポートってさっきの防衛局の・・」
「いや、今回は別の所からのお願いだ」
すると横から市川が小声で宮本に語りかけてきた。
「お互いの利害関係が一致すればいいんだよ」
「利害関係・・」
「人間は窮地に立たされた時、守ってくれると好感度が上がるものなんだ。
選挙近いだろ」市川はそう言うと宮本に満面の笑みでウインクしたが薄気味悪い
だけだった。
「まさか・・それって・・」
「おっと、それ以上は聞かない方がいい。今回の相手は多少出世に影響するからな」
安永が市川の後を続けた。
「政権交代なんて俺達が辞めた後でしてくれればいいの、わかるだろ。この国を
動かしているのは俺達官僚。あいつらは台風みたいなもの。じっとしてれば
通り過ぎるって分け」
そう言いながら安永は立ち上がり部屋の隅に置いてある冷蔵庫にビールを
取りに行った。
すると池田がソファーに身を沈めたまま言った。
「この前も与野党の若手があれこれ言うもんだから何も出来ないくせに騒ぐなって
言ってやったよ」
「さすが主席管理官!」松山がおだてた。
「おだてんでいい、それよりこのまま支持率が低いと何か手を打ってくる可能性も
あるから監視が必要だろうな。刃をこちらに向けられても困るし政権交代
でもして色々とほじくられても困るだろ、俺達には関係ないことだからな。
だからと言って人気が出て支持率が上がるとそれを盾に暴挙に出るんだよ
あいつらは。要はアクセル、ブレーキ踏ませてもハンドルは渡さないことだ」
「政治カー運転の極意ですね」松山のくだらない駄洒落で部屋は笑いに包まれた。
「で、今度はデータを内閣調査室の中込参事管に渡せばいいんだな」
池田が安永に念を押した。
「はい、スケジュールとデータは後ほど管理官の所へお持ちします」
「ああ、頼むよ」
宮本が安永に尋ねた。
「安永さん、データってどのようなものなんですか?」
「リスクの高い地域が特定してあるんだ」
宮本は驚いた。
「そんなものどうやって調べるのですか?我々にそのような部署は無いはず」
「ただ闇雲に何千億の金を使っていたわけじゃないんだよ。その中にはお国に役立つ
ために使ったものもあるってことだ。まして日本には情報収集機関が無いからね」
安永はビールを一口飲んでニコリと微笑んで続けた。
「政治の中枢になった者達がここに対して何も言わないのはここの情報力を
知ってるからなんだよ」
宮本は全てを理解した。消えた年金記録ではない、消された年金記録と使い道
だったのだ。資産運用や箱物など、それを隠す為の偽装にしか過ぎないことを。
・・金と暇に任せて現代版パンドラの箱を作ったのか・・宮本は頭の中で呟いていた。
「ところで何でわざわざデータを渡すだけなのに会う必要があるのですか?
電話やメールでいいのでは・・」
宮本の疑問に池田が答えた。
「今の機械は証拠が残るからな。それに対面して顔と恩を売ることが大切なんだよ」
「そうなんですか・・」
それを聞いた宮本にはやくざとCIAと年金保健局の違いが分からなくなって
来ていた。
少しして市川が嬉しそうに言った。
「これで全て終りですね。じゃあ解散と言う事で・・」
市川は夜に浮気相手と会う約束をしていたので早く帰りたくて気が気で
無かったのだ。
それを聞いて全員が席を立とうとした時・・先程のニュース番組が終わったので
池田がチャンネルを国営放送に変えると同局の女性キャスター鈴木奈緒美による
緊急報道特別番組なるものを放送していた。
「本日、臨時国会で与党若手議員から出されました局庁改正法案が全会一致で
採択され、先程、首相からこの法案に基づき発表がありましたので
ここからは政治評論家の江古田健作氏にお話を伺いながら進めて行きたいと
思います」
この時、テレビを見ていた全員が異変に気付いていた。
緊急報道特別番組と銘打っている割りには鈴木と江古田からは緊張感のかけらも
感じられないからだ。むしろ満面の笑みを浮かべた二人はこれから
婚約発表でもするかのようである。
「おいおい、局庁改正法案何て聞いてないぞ!いつこんな法案が通ったんだ?」
池田が慌てて宮本に聞いた。
「多分、うっかり八兵衛が団子の食べすぎで腹痛を起こしていたのを観ていた
時かと・・」
「内容が分かる奴はいないのか?」
「大丈夫ですよ。彼らに大それた事は出来ませんよ」
安永の言葉に池田も冷静さを取り戻した。
「ま、そう言えばそうだな」
テレビ画面ではメインキャスターの鈴木奈緒美が天下りに乗れなかった
官僚出身の政治評論家江古田健作に今にも笑い出しそうな顔で問いかけた。
「そ、それでは江古田さんに先程総理から発表になった部分の概略をお願い
したいと・・ぷぷっ・・思います」鈴木奈緒美は噴出す寸前の状態だった。
「わ、私がするんですか・・が、概略なんて必要・・ぷっ・・」
江古田は笑うのを我慢して閉じた口がふぐの様に膨らんだ。
「で、では、お願いします・・」
鈴木は何とか笑うのを堪えた。この辺はさすが国営放送のメインキャスターである。
プロの意地を垣間見た気がした。
「は、はい・・何とか、がんばって・・」そこまで言った時。
ガン、ガン、ガン。突然江古田は頭を机に叩きつけた。
笑い出しそうな自分を抑えるのにはこれしか方法がないと思ったからだ。
額から出血した江古田を見た鈴木は口を手で押さえて断末魔の声で
江古田に言った。
「江古田さん・・お、お願いだからこれ以上笑わせないで・・」
「は、はい、そ、それでは・・せ、説明します・・ひーひー」
江古田は震える手でフリップを持ち、笑いをこらえながら説明を始めた。
「と、特殊法人と・・ど、独立行政法人はす、す、全て・・民営化だってよ・・
わーはっはっは・・」ついにこらえ切れず決壊したダムの様に笑い出した。
横では鈴木が下を向いて笑った顔を見せまいとしていたが肩が小刻みに震えて
いる。
「す、すみません、続けます。はあ、はあ・・」
江古田は何とか寸前のところで持ち直し、続けた。
「はあ、はあ、はあ・・つ、次に、う、うぷ・・よ、予算案も国政案も
一般公募だって!ぎゃははは・・で、その続きがあるんだよこれが・・ひーひー・・
負けたら、地方公務員と、い、入れ替えだって!ぎゃーはははは」
机を叩きながら笑った江古田の目から次々と涙が溢れ出てフリップを読むことも
ままならない状況に陥ったが、江古田は読んだ・・最後の力を振り絞って読んだ・・。
その姿は見るものに感動を与えるほどだった。
「こ、公務員の給料は、み、み、民間企業の平均にしますだって・・ひ・・ひ・・ひ・・」
江古田は笑い過ぎによる酸欠状態で顔にはチアノーゼが出ていた。
「い、息が・・」
その言葉を最後に江古田は崩れ落ちた・・。
だが江古田は薄れ行く意識の中で幸せを感じていた・・闘い続けた自分に天使が
舞い降りたのだと・・。
その横で鈴木は手を組み涙ながらに中空を見つめて呟いた。
「神様ありがとう。良かったー、上級公務員の試験に落ちて」と・・。
その様子を見て茫然自失としていた宮本はふと、歌声に気付いた・・この歌は・・
振り向くと池田以下全員が肩を組み流れ出る涙も拭かず愛唱歌「官僚の星」を
歌っていた。
「思い込んだ~ら 出世の道を~ 行くが~男の~ ど根~じょ~お~
馬っ鹿に見える 敗者はしもべ 官僚の星をちらつかせ
血税使え 涙はいらぬ は~たらけ貧~民 どんと~行~け~・・」
歌は延々と続いた・・
宮本は歌っている彼らの横を通り抜け、とある会議室を出て、とある部屋に戻り
机を片付けてからタイムカードを押し、怒号と笑い声と泣き声と歌声が渦巻く
「とあるビル」を出た。
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