悩みではないが、高齢者施設によくありがちな、重なる体調不良者(利用者)とそれに伴い命を全うされる人も重なる多重多忙
その波が今、医療棟の各棟にそれぞれ大波小波で寄せている。
積極的治療を望まず看取りであっても家族の立ち会いのタイミングをはかるには通常業務を置いて細かな観察をしなくてはならないし
積極的治療を希望する場合は病院への転院が妥当か医師ヘの確認が必要となる。
そんな状態の利用者が重なるとアホのように忙しくなってしまう。
病院と異なり施設は看護師の数は病院の半分以下、急性期の病態を理解して必要な検査やデータを見て治療を予測する看護師が全てではない。見様見真似で前へ倣えで仕事をしているスタッフだっている。
致し方ない。病院ではないんだから。施設なんだから。
急性期で経験がある人間が自分が知ってることを伝えながら底上げするしかないのだろう。
だけど知らないのを当たり前みたいにされるとムカつくし尻を蹴り上げたくなるのよ。仕事なんだから追いつく、追い抜くぐらいの気構えを持てよってね。
プロとしてのプライドや責任感はないのかよ、金の為だけでも良いから対価に見合う働きを見せろよってね
元々、不安定な状態の重症棟は1つバランスを崩すと雪崩式に一気に状態が悪化する。
アタシは前職では治療がスムーズに行えるよう、安定した状態を保つために悪化を予防する対応を悪化する前から行うという予測対応を常態化していた。
対症療法が主である通常の看護とは違う特殊なやり方だ。
それを20年、やっていれば看護の考え方がおのずと先読み方式に傾く。
故に今でも1つ症例を経験すると、その経験に準じて先読みで医師に前回はこれで凌げたから早めにこの対応にしないかと声をかける。
医師が考えるだろうの丸投げは看護師としてはセミプロかアマチュアくらいでしかない。
若い時は年上の医者に意見するのが躊躇する部分もあるかもしれないが、アタシ達が対象とするのは『命』だ。あの時、こうしていればでは済まない。いくら高齢者でも。
いくら医師が優秀でも数百人規模の利用者を全て把握なんてスーパーコンピュータであるまい、出来るわけない。
医師の代わりに観察し情報を的確に伝え、以前の治療履歴を提示し自分の治療に関する意見も合わせて指示を受けながら看護を繋がなければ高齢者だからこそ、護れない命ばかりと言っても過言ではないのだ。
休み明けで出勤すると
『Nさん、昨日は大変でした。。。』とスタッフが言う。
『盛さんが日勤終了前の痰引きで回った時、意識朦朧で。。。』
盛さんは愛嬌タップリの90後半の爺様
『ダイジョウブだよー。』が口癖の認知症も軽度の利用者だが採血データが宜しくなく、いつ重篤化してもおかしくないような状態だったので何かが崩れたのは推測できた。
別なスタッフが『オカシイと思って採血したら更にデータは悪くなってるし熱も急激に上がってて。意識がおかしいから念のため血糖測ったら、注入食後で血糖上がってておかしくないのに下がってて。血管出ない人だけどどうにかしなきゃって採血と点滴したけど厳しいと思います。。。家族も呼んでお看取りを希望されました』
見てみると家族は病院搬送も心臓マッサージも希望しないと書かれていた。
意識がハッキリしている時は血管確保が難しいことを説明すると簡易的に点滴が出来るポートを作ることを希望していた娘さんだった。
体調を崩すと自分も高齢でありながら父親を案じて電話で確認をする家族が看取りを希望するのは断腸の思いだろう。
なるべくその日が1日でも延びるようにと試行錯誤しながらスタッフは頑張ってくれている。
そうか。よう頑張った!そして上がっているはずの血糖が下がっていて、それがオカシイ1つとよく気付いてくれた。
アタシは過去に前職で医師から教えて貰ったことをスタッフに教えた。
『高血糖は怖い。高血糖脳症となることもあるからな。でもそれ以上に怖いのは低血糖で、盛さんみたいに重症感染症を起こした人が敗血症になると末期には低血糖を示す事がよくあるんだと、前に教えてもらったことがある。きっと盛さんはその状態まで落ちたんじゃろう。』
『そうなんですね。知らなかった。。』
『知らんでも、予測じゃ高血糖なはずなのに血糖が下がっとる、オカシイって考えたのは大したもんじゃが。それで皆で協力して点滴して抗生剤やステロイド使って家族にキチンと会わせるまでの時間を作ったんやろ?頑張った。』
あまり見たことないくらい悪化したデータと照合すれば盛さんは今も朦朧としているか、意識がないか。バタバタと急変すれば一言も声をかけず看取ることになる。
仕事に入る前に盛さんに声をかけておこう。
二階の盛さんの部屋を訪れ、目を閉じている盛さんに話しかけた。
『盛さん、キツかったね。盛さん、具合が悪かや?』
すると盛さんは薄っすら目を開き小さな声を振り絞るように答えるが、声が小さくて聞き取れない。
『具合が悪かとや?』アタシが確認すると
『だ、ダイジョウブだよ。。。』
聞こえないんだが、爺さん。すると突然の
『ダイジョウブだよ!大丈夫だぁよっ!』
アタシは軽く固まり南くんに盛さんの状態が良くなりつつあると言って部屋に連れていった。
前日の状態を見ていた南くんは唖然として口をポカンと開けていた。
『昨日、家族には先は長くないって俺、説明したんだけど』
『先生、昨日の治療で多分、山を一つ越えとる。治療をキチンと続けるためには血管確保が不可欠じゃ。意識も戻ってる盛さんをまた悪くはしたくない。中心静脈に管を入れて貰えんね。末梢の血管じゃいつ漏れるかしれんよ』
アタシは盛さんの額を軽く撫でながら言った。
『うん。今日、管を入れよう。あと家族にもまた、直接会わせてあげて。』南くんはそう、答えた。
急遽、管が挿入され強力な抗生剤やステロイドが継続されみるみるうちに炎症が収まり今日は『ワシはアンタに惚れちゃったよ♥』と若いスタッフをナンパするほど元気になった。
恐るべし、盛爺である。名前の如く『お盛ん』である。
ホッとしたアタシのところに怪訝な表情を浮かべた介護士さんが声をかけた。
『ねぇ、盛さんより時ちゃんの方が具合悪いと思うんだけどで、私的に。』
は?何だって?!
〜続く〜