アルゼンチンでは、ストリート・ミュージックというと、バンドネオンですが、

もともと、大道芸の一つでした。大阪にやってきたバンドネオン奏者に、一度、

バンドネオンを持たせてもらったことがありました。重いです~。何Kgあるのか、

わからないくらい重たかったです。





アストル・ピアソラの自演による「アディオス・ノニーノ」。


ピアソラの作品を検索するときは、いつも、最初に「タンゴ組曲」で検索します。

つぎに、「リベル・タンゴ」を聴いておきたくなるんですが、なぜか、どうしても、

結局、この曲をアップしてしまいますね。前もそうでした。



ピアソラは、故郷ブエノスアイレスを離れて、ニューヨークでタンゴ・ショーの伴奏を

していた頃の作品です。プエルトルコへショーの巡業に出かけたピアソラは、そこで、

お父さんの訃報を知らされます。アルゼンチンに帰る旅費もなかったので、亡くなった

父親のために、この曲を作ったと言われています。"ノニーノ"というのは、お父さんの

呼び名(愛称)です。adiosは、「さようなら」ですね。





「タンゴの歴史」~ナイトクラブ~



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20世紀、南米の作曲家で忘れてはならないのが、この人、ヴィラ=ロボス。

「バッハ風のブラジル民謡・第5番」





メキシコにもこんな人がいました。マニュエル・ポンセ。

「エストレリータ」とか、みなさん、聴けば、あの曲とわかるものがかならず

ありますけれど、ポンセという人は、美しいメロディーとロマンチックを兼ね

備えた作品を残しました。この「インターメッゾ」のほうが、ポンセらしいと

思って、アップしましたけれど、20世紀に、わざわざ、古典派の様式で作曲

するような人でした。上のヴィラ=ロボスは、20世紀に、わざわざ、バッハ風に

作曲していました。中南米の作曲家がすると、これも新鮮でした。