すごい気功でも紹介するかと思ったら、大間違い。日本人ができないのに、紹介して、どうすんねん?
できないにも、いろいろ理由があって、能力の問題じゃないんですけど、ちょっと、理由を挙げてみると、
1. 潜入見
こんなことして、なにになるの?と思う瞬間で、もう、終わっている。って、ご縁がありません、ということ。大体、これで終わりですが、原因は、
日本人は目にしたものを、忠実に、からだで❗コピーするのが、めちゃくちゃ、苦手。あるいは、からだで❗トレースするなんて、考えてもみず、ただ、呆然とながめるだけで、貴重な時間を台無しにする。原因は、学校教育。ところが、日本の学校教育を受けない日本国民はいません。(憲法では、義務ですよね。) なので、学校外で、なんらかの教育を受けていると可能性があるが、学校の1日5時間を上回る課外のなんらかのトレーニングでなければ、学校教育の影響を打ち消すことはできません。
2. 準備不足
楽じゃないって、すぐわかるものなのに、準備しない。
うーんと、まず、体育会系能力。
準備運動。
整理運動。
えっ👀⁉️気功に、運動が必要なの?と思った瞬間、破門❗
早い話が、ストレッチ(ヨガはだめ)やバランストレーニング。(健身気功の易筋経も、だめ❗)
3. 認識不足
気功って、気でなにかすることだと思い込んでいるので、気でなんか、なにもしませんよ、と言われると、気が動転する小心さ❗
というか、その挙動がすでに、怪しまれる。
早い話が、挙動不審。
4. 快楽主義的な生活習慣
快楽主義的な現代の生活習慣の延長で、気功は快楽を得ることが目的だという思い込み。
気功を、まるで、快楽の対価として見る。
5. 気功の巨人を流派に持たない個人または集団
なにをめざせばいいのか、目標がない。
7. 超・気功で得るもの
超能力でも得られると思っていたら、自分が最低のXXだったことに気づく。
ついでに、自分がこれに気づいたら、他の人たちは、一体、なんなの?という、途轍もない真実に到達する。(もちろん、XX 以下❗)
なので、こんな悟りは嫌だと、最初から本能的に、真実を避けようとする。または、知らなかったことにする。
どうも、かなりの卑怯者か小心者。
8. 気功は中国文化
そもそも、日本人が専門的な中国文化史を学ぶ機会でもないと、それは一体、どこにあるのかさえ、検討がつかない。