「仰高読書会」論語小話5

平成291112

君子は義に喩り

 今月の【第三講】大人の学「大学」を読むには、論語からの引用がありませんが、96頁に論語の中に「子曰わく、君子は義に喩り、小人は利に喩る」という言葉がある。と記して江戸時代の商売人が小人として扱われていたと説明されています。

という事で、今回はこの章を取り上げてみました。

仮名論語43頁をお開きください。6行目です。

子曰わく、君子は義に喩り、小人は利に喩る。

 頭注をご覧ください。

先師が言われた。「君子は、義に敏感であるが、小人は利に敏感である。

「君子は義に喩り、小人は利に喩る」・・・君子は、義に敏感であるが、小人は利に敏感である。

そもそも「利益」は誰でも欲しいものです。従ってその事が利益につながるのか、利益につながらないのか、皆な敏感なはずです。しかし、孔子はそれは小人だと断言しています。

 君子と小人とはその心ばせがまったく違うのです。君子は事に臨んで、それがはたして正しいことか、道理に合っているかということを考え、それを行動の判断基準としたのです。

すなわち道義に従って行動したのです。

「義」は五常の徳

「義」とは、人としての正義・道義です。

 「義」は“五常の徳”のひとつに位置づけられ、祭祀より派生し正義を意味する語です。

 人としての「徳」を説く儒教の教えに、「五常の徳=仁・義・礼・信・智」があります。

「義」がもつ意味はすなわち「正義」です。孔子は正義・道義を重んじ「義」に生き、弟子たちにその大切さを説きました。そこには、政治家としての熱い思いも垣間見ることができます。

 「義」の字は「羊」と「我」よりなっています。「羊」は生贄の意味であり、「我」は刃のぎざぎざした鋸をかたどっています。犠牲となるにふさわしい立派な獣を、厳粛な作法に則って神に捧げることから「義しい」の意味が発生し、「宜しきを得ている」「正しい道にかなっている」ことを意味する字となったのです。

後の時代には「仁」「礼」「信」「智」とともに“五常の徳”とされ、儒教の根幹に位置づけられています。

君子義以て上と為す

 孔子は「義」を君子の必須条件としていたことが、陽貨篇に記された門人・子路への回答から分かります。

仮名論語をお開きください。2765行目です。

子路曰わく、君子勇を尚ぶか。子曰わく、君子義以て上と為す。

君子勇有りて義なければ亂を為す。小人勇有りて義なければ盗を為す。

 頭注をご覧ください。

子路が「君子は勇をたっとびますか」と尋ねた。

先師が答えられた。「君子(上に立つもの)は正義を第一とする。

君子が勇敢であって正義がなければ反乱を起こす。小人(下々の者)が勇敢であって正義がなければ盗みをするようになる」

 子路が、「君子勇を尚ぶか」・・・君子は「勇」を大事にしますか、と先生におたずねしました。先生は、勇にかたよりがちな子路の性向をお考えになられてこう言われました。

 「君子義以て上と為す」・・・君子は「勇」ではなく「義」、正義・道義を第一にする。「君子勇有りて義なければ亂を為す」・・・上に立つ者が勇であっても、「義」に欠けているなら反乱を起こす。「小人勇有りて義なければ盗を為す」・・・一般の民が「勇」であっても「義」に欠けているなら盗みをはたらく。単純な「勇」ではなく、「義」を第一とした「大勇」でなければならない。ということです。

 正義・道義を重んじたがゆえに孔子は「不義」を嫌いました。

不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し

義について、述而篇では次のように明言しています。

仮名論語をお開きください。863行目です。

子曰わく、疏食を飯い水を飲み、肱を曲げて之を枕とす。

楽しみも亦其の中に在り。

不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し。

頭注をご覧ください。

先師が言われた。「粗末な食物を食べ、冷水を飲み、肘を曲げて枕をしてねるような貧乏生活の中にも楽しみはあるものだ。不義を行って財産や地位を得ても、自分に於いては、浮雲のようなものだ」

 「粗末な飯を食べ、水を飲み、椀を枕にする。このような生活の中にも楽しみはあるものだ。正しくないことをして金持ちになり、身分が高くなるようなことは、私にとっては浮き雲のようにはかないことだ」

 この言葉からは、人生に対する孔子の凛とした姿勢がうかがえます。

 ところで、徳治政治を掲げる孔子にとって、理想の実現もまた「義」に則った行為でした。このため政治向きの発言でも、「義」という語は使われています。代表的なのが微子篇に記された言葉です。ここで孔子は子路の口を借りて、隠者(高い知識と学識をもちながらも、世から隠れて棲む人)に次のように述べています。

隠者達と義

 仮名論語をお開きください。2867行目です。

子路曰わく、仕えざれば義無し。長幼の節は廢すべからざるなり。君臣の義は之を如何ぞ其れ廢せん。其の身を潔くせんと欲して大倫を亂る。君子の仕うるや、其の義を行わんとなり。道の行われざるや、已に之を知れり。

 頭注をご覧ください。

子路が行って見ると老人はいなかったので、二人の子に向かって「仕えなければ人としての義が立ちません。長幼の節(序)が捨てられないなら、君臣の大義もどうして捨てられましょうか。道が行われないからといって、自分の一身をいさぎよくすることだけを考えるのは、大儀をみだすことになります。君子が出でて仕えるのは君臣の義を行うためで、道が行われていないことは、よく分かっています」と言った。

 隠者の子供たちに向かって子路の口を借りて言った言葉です。「自分ひとりが清くあろうと思って、主君に仕えないでいれば、それはかえって大きな道徳を乱すことになりましょう。君子が仕えるのは、〈義〉を実現する為です。それが現実には難しいのは、もちろんわかっていますが、それでもやるのです」

 かような孔子だからこそ、佛肸の招請にも応じようとしました。佛肸とは主君に叛旗をひるがえした人物です。孔子の意向を知った弟子の子路は、孔子がかつて「自分から不善をなすような者のところには、君子は仲間入りしない」と述べたことを引き合いに出して、師を思いとどまらせようとしました。これに対して孔子は次のように応じました。

仮名論語をお開きください。2657行目です。

佛肸召ぶ。子往かんと欲す。子路曰わく、昔者由や諸を夫子に聞けり、

曰わく、親ら其の身に於て不善を為す者には、君子入らざるなりと。佛肸中牟を以て畔く、子の往くや、之を如何。

子曰わく、然り。是の言有るなり。堅しと曰わずや、磨すれども磷がず。白しと曰わずや、涅すれども緇まず。吾豈匏瓜ならんや。焉んぞ能く繋りて食われざらんや。

頭注をご覧ください。

佛肸の招きに応じて、先師がゆかれようとされた。子路が「かつて私は先生から「自ら悪い事をする者の所へ君子は行かない」ということをお聞きしました。然るに今佛肸は中牟の町でそむいておりますのに、先生が行かれようとなさるのは、どういうことでしょうか」と尋ねた。

先師は答えられた。「そうだ。確かに私はそう言ったことがある。だが諺にも、「ほんとうに堅い物は、いくら磨いても薄くならない。ほんとうに白い物はいくら黒土にまぶしても黒くならない」というように、案ずることはない。それに私は何の役にも立たない苦瓜でもあるまい。どうして苦瓜のようにぶらさがって何もせずにおることができようか」

 「子曰わく、然り。是の言有るなり」・・・たしかに、そういうことを言ったね。しかし、諺にも、「本当に堅いものなら、研いでも薄くはならない」「本当に白いものなら、黒土にまぶしても黒くはならない」というではないか。私は苦瓜でもあるまい。ぶらさがっていて、誰にも食われない、というのではなく、用いてくれる人がいるなら力を発揮したいものではないか。

 これは孔子が六十三歳の時の出来事とされています。このほかにも公山不狃なる謀反人の招きに応じようとした記述が「論語」中にはあります。

 いずれも仕官はしませんでしたが、政治家として「義」に懸ける孔子の熱い思いを彷彿とさせるエピソードです。

君子は義に喩り、小人は利に喩る

先ほどの章です。仮名論語をお開きください。436行目です。

子曰わく、君子は義に喩り、小人は利に喩る。

 頭注をご覧ください。

先師が言われた。「君子は、義に敏感であるが、小人は利に敏感である。

「君子は義に喩り、小人は利に喩る」・・・君子は、義に敏感であるが、小人は利に敏感である。

そもそも「利益」は誰でも欲しいものです。従ってその事が利益につながるのか、利益につながらないのか、皆な敏感なはずです。しかし、孔子はそれは小人だと断言しています。

 君子と小人とはその心ばせがまったく違うのです。君子は事に臨んで、それがはたして正しいことか、道理に合っているかということを考え、それを行動の判断基準としたのです。すなわち道義に従って行動したのです。

 これに反して小人は常に私利私欲を考え、万事につけて利害を目安に行動します。すなわち利益にさえなれば、たとえそれが道義に反することでも、一切無頓着なのです。

 このように同じものを見、同じ言葉を聞いても、君子はこれによって道義を行おうと思い、小人はこれによって儲けようと思うのです。その考え方・思想には天地の差が生じ、その行為もまた雲泥の差が出てくるのです。

渋沢栄一の義と利

明治・大正時代の実業家渋沢栄一はこのように言っています。

 「私はどんな事業を起こすにあたっても、またどんな事業に関する時でも、利益本位には考えない。この事業こそは起こさなければならない、この事業こそは盛んにしなければならないと決めれば、これを起こしこれに関与し、あるいはその株式を所有することにする。私はいつでも事業に対するときには、まず道義上から起こすべき事業であるか盛んにすべき事業であるかを考え、損得は二の次に考えている」

 「業を新たに起こし、またこれを盛んにするには、たくさんの人から資本を集めなければならず、資金を集めるには、事業から利益があがるようにしなければならないから、もとより利益を度外視することは許されない」

「益が上るようにして事業を起こし、事業を盛んにする計画を立てなければならないが、事業は必ず利益を伴うものとは限らない」

「益本位で事業を起こし、これに関与し、その株を持ったりすれば、利益の上らない会社の株は、これを売り逃げてしまうようになって、結局必要な事業を盛んにすることも何もできなくなるものである」

 「だから私は国家に必要な事業は利益のいかんを問わず、道義に従って起こすべき事業ならばこれを起こしその株も持ち、実際に利益を上げるようにして、その事業を経営していくべきだと思っている。私は常に

この精神で種々の事業を起こし、これに関与し、またその株を持っているので、この株価は上るであろうからと考えて、株を持ったことは一度たりとてない」と、渋沢栄一はこのように言っているのです。

「君子は義に喩り、小人は利に喩る」君子は、それが義理にかなっているか、かなっていないかについて敏感ですが。一方の小人は、その事が利益につながるのか、利益につながらないのかについて敏感なのです。

「義」は、正しい道理です。この章は、君子と小人との区別の境目を述べた章として有名な章です。

 朱子は君子は公的立場に立って物事を判断するので道義を基準に理解しますが、小人は私的立場にしか立てず、絶えず自分に利益になるかどうかで物事を考えるとしています。同じ里仁篇には「子曰わく、利に放りて行えば怨み多し」自分の利益ばかり考えて行動すると、人の怨みを買うことが多い。という章がありますが、小人の陥りやすい欠点を指摘しています。

 

論語普及会

宮 武 清 寛