サワディー カー
タイからロンファです
20歳で結婚、出産
母親の厳しい結婚から解放されるための
ツールとしての結婚
だがそれは
ただ母親と同じ屋根の下に住まず
直接的な制限がなくなっただけで
結局 母親と行動を共にする
これまでのお話はこちらから
ツールとしての最初の結婚
初めの結婚生活
今回は、第3弾
元 元夫がロンファの伯父から
仕事の誘いを受けたことで
愛媛県松山から
愛知県一宮へと引越しした
どっちも《愛》がある(⋈◍>◡<◍)。✧♡
この地は、ロンファが若かりし頃?
8歳から13歳まで暮らしたところだ
その若かりし頃に宗教に通っていたので
母親の知り合いや
ロンファの宗教友達もいる
ロンファにとっては慣れ親しんだ土地
だが、元 元夫にとっては見知らぬ土地
仕事も建築業から
機械関係へと全くの異業種に転向である
おまけに知り合いのいないアウェイ
ロンファも今までに転職経験あり
それも異業種に転職となると
どれだけしんどかったか
こう振り返ってみると
その時に元 元夫の助けになれていたのか
あんまりなれていなかったような気がする
毎日 朝から夜遅くまで働いてくれていた
夜の帰宅時間は20:30頃
土曜日の休みなんて、もちろんない
元 元夫にとっては
唯一の休みは日曜日だけ
休みや帰宅後は
F1が大好きな人だったので
録画したレースを観る
一人でこもって、
F1マシーンのプラモデルを作る
その部屋への子供の立ち入り禁止
一人っ子の元 元夫は
ひとりの時間が好きだった
そして、何かにつけて依存してくる
そんなこと自分で考えて欲しいと思うことが多々...
そうなると...
自分の思いを表現することが苦手な自分
ひとりの時間が好きな元 元夫
心は開けない
ロンファ自身の性格は
我慢 我慢して
耐えきれなくなって…
爆発する
相手が喜ぶようなことをするとか
考えていなかったと思う
わたしは、あなたのお母さんじゃない!
子供の面倒もみてくれない
実際、子供が生まれてから離婚するまでの
子供と2人で遊んだことはない
結局、23歳
結婚して3年半で結婚生活は終わった
結婚とは何なのか
しあわせとは何なのか
この2つを考えていなかった
母親からの厳しい制限のもとからの解放
そのためのツールだった
それが自分自身で引き寄せた結婚
お互い若く、未熟で
“愛”の本当の意味も分からなかった
ロンファは、いつも思うことがある
この結婚がなく、子供も産んでいなかったら
ロンファは、人生をはちゃめちゃに生きていたと思う
どんな人生であれ
自分が望んで、自分が選択したこと
初めの結婚の元 元夫には
感謝している
一番は、自分のかけがえのない子供を与えてくれた
子供は最高の贈り物🎁
ありがとう
元 元夫はロンファよりも早くに再婚している
彼は、一般的に考え方をしていないから
今の結婚生活も割り切った関係で存続させているようだ
彼を理解できる伴侶に出会えてよかった
そう思う
離婚っていけないことではないと思う
ケースバイケースだが
貴重な経験
自分の成長
ただ
お互いを憎んでの離婚は避ける
子供がいるならなおのこと
離婚は、どちらか一方だけに非があるわけじゃないからね
離婚するなら
しあわせな離婚にしよう
最後まで読んでいただきありがとうご財増す
次回は、離婚後の元 元夫との関係
子供の親権のこと
元 元夫のご両親との関係
これらについて綴っていこうかな
タイより愛を込めて
龍華(ロンファ)