ここ数年、僕は一つのことに集中する生き方を選んだ。
それ以外を切り捨ててでも、やりきるべきことがあった。
あの時期、それは正解だったと思っている。

だが、その章は終わった。
今、僕は再び“マルチタスク”という名の海へ漕ぎ出す。

自分で言うのもなんだけど、僕は…才能の塊だ。
点在する無数の星を、自分の感性で線に変えることができる。
誰も見えていない流れを感じ、かたちにすることができる。

これまでに立ち上げてきた事業は数えきれない。
貿易、農業、不動産、物販、建築、組立家具、レストラン……
そしてミャンマー。
あの地での経験は、間違いなく僕を育ててくれた。

今年、日本に何度か戻ってきて感じたことがある。
この国は、かつての輝きとは少し違って見えた。
どちらかと言えば…ゆるやかに、静かに、退化しているように思えた。

でも、それが悪いことだとは思わない。
混沌の中にこそ、僕は燃える。
ミャンマーで研ぎ澄ました“混乱の中に飛び込む胆力”と“ゼロから構築する感覚”は、今まさにこのタイミングでこそ活かせる気がしている。


時代がどうあれ、場所がどこであれ、
僕は自分の感性で動く。
そしてまた、星をつなぐ時が来た。

インドネシア。
灼熱の太陽の下、埃と油にまみれたスクラップ置き場。
誰もが目を背けたくなるようなその場所に、
僕たちは迷わず足を踏み入れた。

積み上げられた廃電線。
使い古された配電ケーブル。
現地の人たちは笑いながら言う。
「やめとけ。危ないし、割に合わない」
でも――僕たちは、その“まさか”の中にチャンスを見た。

電線の中に眠る「ピカ銅」。
日本では高値で取引される高純度の非鉄資源。
誰も見ていないだけで、そこには確かな“価値”があった。

危険もある。リスクもある。
現地のルールは日々変わり、人も流れも読めない。
だけど、ミャンマーという不確実性の塊のような国で
もまれ、鍛えられ、生き抜いてきた僕には、
そんなことはもはや“想定内”。

不安やリスクに怯えていたら、宝は掘り出せない。僕はどんな状況でも一歩を踏み出す胆力をミャンマーの地で学んだ。
だから今、インドネシアで突き進めている。

誰も注目しないからこそ、今は競争相手も少ない。
誰も信じていないからこそ、本物だけが生き残る。
そして誰も手を出さないからこそ、大きな果実が残っている。

僕たちは信じている。
“まさか”の中にこそ、本当のチャンスが眠っていることを。

人の生き様は、本当にそれぞれだ。
僕も、いくつもの選択肢の中からこの今を選んで生きている。

これが「正解」だったと胸を張って言える日が、いつか来るのだろうか。
…わからないけれど、そう信じたい。

普通に大学へ行って、家業を継いでいたら
何一つ苦労なんてなかったかもしれない。

でも今の僕は、必死にもがきながら、ギリギリで生きている。
毎日が綱渡りみたいな日々。

もしこの先の世界がバラ色なら、
僕の歩んできたこの茨の道も、きっと意味ある美しい体験になる。

もし逆に、この先がドブ川のような世界なら――
…いや、やめておこう。そんな考えは笑って流そう。

平凡ではなかったからこそ、
僕は本当にたくさんの人たちと出会い、
たくさんの刺激をもらってきた。

すべては、神様と僕との対話のなかで選んできたもの。
どの瞬間も、たぶん間違いじゃなかった。

妻との出会いも、出会う前から僕の地図に書かれていた気がする。
どんな困難も乗り越えられると信じていたからこそ、今がある。

仕事ではいつも頼りなくて、情けなくて、
それもまた僕の選択の結果だ。

…もう、あんな柔らかくて曖昧な選択はしたくない。

これからは、自分を。
そして、自分を信じてくれた人を。
全力で幸せにする。それだけを決めて生きていきたい。

願いが叶うのは、本当に心から望んだときだけだ。
だから、何度も行き詰まった。

眠れない夜もあった。
どうしても諦めないといけなかった日もあった。
身を引いたことだってある。

悔しさも、悲しさも、思い出したくない過去も、
何度も僕の前に立ちはだかった。

絶望の縁に立ち、
そのまま底に落ち、
「まだ奈落があるのか」と泣いたこともあった。

だけど、それらすべてが
神様の描いた運命の地図の中にあったのだと思う。

僕の地図には、不思議と下り坂が多い。笑

でもね、
坂というのは、上りと下りが必ずセットなんだ。
だからきっと、僕の人生も――

明日から、急上昇するに違いない。

空を見上げて、
神様と、また新しい地図の相談をすることにしよう。