努力しても人生が変わらない理由


一生懸命頑張ってる。
頑張ってきた。

そんな言葉をよく聞く。

そして、こんなに頑張った僕が言う。


その努力、
もしかしたら勘違いかもしれない。

汗水垂らして働く。
頭や神経をすり減らして働く。

どちらも自分を削って頑張っていることには変わりない。

なのに不思議なことに、
「自分で働かないから上手くいかない」
「社長が先頭に立たないと」
そんなことを言う人も多い。

んー…

なんだか
とても貧乏くさい感覚だなと思う。

豊かな生活を求めれば求めるほど
忙しく動き回る自分が
だんだん無駄に思えてくる。

そもそも
何のために働くのか。

働くことが目的になった瞬間、
人生は少しずつ窮屈になる。



今日は桜を見に来た。

といっても
近くの桜並木だけど。

そう。

僕がしたいことって
本当はこんな何でもないこと。

時間やお金に縛られず
好きな時間に
好きな人と
ただ一緒に歩く。

それ以上の幸せって
どこにあるんだろう。

そんな時、妻がぽつりと言った。
「これから学校に寄付するような生活ってできるのかな」

答えはすぐに思い浮かんだ。

でも口には出さなかった。

それは、ただ環境を変えるだけのことだから。

人は本当に好きな場所で生きているわけじゃない。

でも、まるでそこから動けないように
錯覚している。

望むなら
変えるだけ。

望むなら
変わるだけ。

努力も特別なスキルもいらない。

本当に望むものが見つかったとき
人は自然とその生活に変わっていく。

桜は
ただ咲いているだけで美しい。


努力より先に、
望みを決めること。

正しいナマケモノの定義


ナマケモノは、
1日のほとんどを寝て過ごします。

今の社会で例えるなら、

………クズ人間。

でもそれは、
ナマケモノのことを知らないから
そう思うだけです。

実はナマケモノは、
そんな生活でも全力なのです。

ちょこまか動き回る
リスなんかと比べないでください。

寝ている間も、
リスには理解できないほど
頭を使って生きているのです。

そして、

目標が見つかれば、
とんでもない勇気をふるって移動する。

もちろん、これも命がけ。

僕が言いたいのは、これ。

忙しさが正義ではない。

毎日勤勉に働くことが、
豊かになることではない。

もちろん、否定はしない。
けれど、
全員がその生き方を
できるわけじゃない。

そもそもなんだけど。

お金持ちは、
あなたほど働いていない。

それは、なぜだろう。
そう思った瞬間から、
あなたの人生は
目まぐるしく変化を起こす。

その瞬間から、
ナマケモノを
馬鹿にしなくなるのです。

僕は今、
最高のナマケモノに変身中。

未来は、明るいよ。

命より大切な「今」


えー…亡くなったの。
あの人も
この人も
亡くなっていく。

同年代だから、という理由だけじゃない。
消失感は、やっぱり大きい。

先日、叔父から親戚にヘルプがあり、
僕も駆けつけた。

そこには

鍋を火にかけっぱなしで倒れている叔父の姿。
血の気の無い叔父の姿は、正直怖かった。

……おぅ。

おぅじゃねーよ。

そんな所に寝てるやつ、いないから。


寒い床に、
どこから取ったのか分からないタオルを枕にして寝ている叔父。

「救急車はいらねー」

要るに決まってんだろ!

何も対応しない人たちを無視して、
119番。幸いにもすぐ駆けつけてくれて、
救急隊のありがたさを改めて感じた。

僕は常日頃、感じている。

QOL(生活の質)は大切。

我慢して、
苦しんで、
命を削る必要なんて、
この日本にはない。

今も親戚で今後のことを話し合っているけど、

「金がいくらあれば足りる」とか

「生かさず殺さず」みたいな話ばかり。

僕は、無理だ。
最後まで諦めて、
我慢して生きるなんて、できない。

死ぬのは必然。

なら、
それまで楽しく。
面白おかしく。
生きていたい。

みんなが頑張って生きてきたのは分かる。

でもさ。

もっと楽しても、生きていけるんだよ。

株、FX。
そんなものは、仲介業者が儲かるだけ。

投資するなら、
一緒に楽しめるもの にしないと。

一億なんて、いらない。
一千万なんて、いらない。 

世間の常識は、
僕の非常識。

だから言う。
もっと賢く、ナマケモノになってほしい。

命を削る人生より、
命を味わう人生を。