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日本医療政策機構 がインタビューしているblog


ここで、ふざけた提言をしている方がいると、昼休みに話題になった。


その人は、


九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授


信友 浩一氏


1971年九州大学医学部卒。九州大学医学部助手。

78年  医学博士。

80年  ハーバード大学大学院(公衆衛生学)卒業。

82年  国鉄中央保健管理所主任医長、

88年  厚生省を経て

96年  九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授。

01-04年九州大学医学部附属病院副病院長兼任。

一度も、臨床を経ていないのですよね。

ずっと、学問の世界で生きられてきた立派な中心の方です。


彼の意見に対して、インタビューした当機構は、


「緊急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。

当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の見解を代表するものではございません


そうでしょう。それでなくては、こまります。



では、具体的に…は、全文読んでください。

これを切り取ったら、彼の述べたいニュアンスが変わりますので。


彼の仕事内容自体は、私自身も賛成できる部分がございます。

そう、医療システム学分野 のみ については、教授なのです。




偏見に満ちているかもしれませんが、私の言い分を書きます。


まず、最後の写真。


これは主に医師に対するメッセージである。とにかく自分以外の他人を信じない――日本の医師の、最大の欠点だろう。


組織を育てるときには、上の者は下位の者の業務を代行してはいけない。手を出さないよう辛抱することが大事だ。

と…、別に下を信頼してないから、手を出す…のではなく、やはり口で教えることができないから、見て覚えなさいということだと思う。


私自身、下に研修医がついた時には、彼女のやりたいようにさせて、当直明けでも21時まで付き合って、点滴の伝票を見たが、めちゃくちゃで、しょうがなく私が書いてオーダーを出したことがある。


これは、辛抱しても患者に危害が加わるから、手を出したのだ。


信友氏の表現だと、患者にマイナスのことが起きても、ほっておいて見なさい、それが他人を信じることだ…というように取れてしまう。


小学校、中学校、高校、大学と、周囲から「できる、できる」と言われて育ち、自分はできるという全能感を持ったまま現場に出る。だから、他人の力を借りるとか、自分の弱いところを出して助けてくれなどと言えない。人間の弱さへの共感もない。幅広い人間性に欠ける傾向にあるのだろう。


それは信友氏、あなたのことではなかろうか…臨床医はそんなおごりはない。患者を診ていて助けられない虚無感、医療の曖昧の狭間にあり、常に自己研鑽に励み、自分の助けられない患者をなんとかしようと、プライベートの時間も削って研究に、私財を投じて留学にあてているのである。


人間の弱さに共感できない医者は、旧態前とした、あなたの同期なのでは?!


それとも現場を見ていない(テレビドラマ、報道で培われた)あなたの幻想なのでは?!


と怒りをおぼえる。



本来のチームだろう。医師の場合なら、今、それぞれが何をしないといけないかを読み取って医療をする。これが本来のチーム医療だ。しかし、日本の医師は、これができない。ラグビーをイメージしたチーム医療をすれば、今の少ない数の医師でも、医療はまだ十分にやれるに違いない。

そのチームメイトがいないから医師が事務作業をしているのだろうが!!!!!


診断書を書く         …これは、診断名があれば医療事務の仕事になる。

レントゲンを袋にしまう   …私は、医療事務に言われて、袋にしまっていた。

検査結果をカルテにしまう …これも、医療事務に先生の仕事ですと言われて、夜な夜なカルテに貼っていた。

採血検体を検査部にもっていく…これは、補助員ができるのでは?! 走って、持って行っていた。


そんな仕事を、医者は他の人に押し付けられている。これは看護師も一緒だ!!!


今、私が医療に関してできることは、とにかく知事に当事者意識を持ってもらい、周囲で活動を支援していくこと。医療を変えた、そんな地域を増やすこと。医師不足に関しても、どうにかなるのだとわかってくれば、日本全体が変わっていくだろう。


この働きは素晴らしいと思う。なかなか世の中の人は医師が言っていることに耳を貸してくれないから・・・

特に政治家は。。。



基本的に、信友氏の活動はかなり評価のできるものだ。

しかし、彼の臨床医師に対する偏見が強すぎるのが気になる。


彼が、公衆衛生の道に進んだのも、彼が先輩の臨床医師に対する信じる心のなさが愚痴をその臨床医師の人格に投影して、生じているのだろうか。

そんな曲解をさせてしまうほど、ゆがんでいる