私は昭和63年の暮れに離婚しましたがその時まで夫だった人は日産自動車の工員でした。
結婚する前は当時日産弘済会(後にコーエーと社名変更。その後は知らない)という日産従業員への福利厚生の事業を行う(と当時思っていた)会社に勤めていて、横浜工場のある地区に勤め先がありました。
日産の男子寮の数人と私の住んでいた女子寮の数人とでグループ交際が始まり、結婚に至ったのでした。
社宅で新婚生活を始め、後に中古で一軒家を買い引っ越して結婚して10年あまりで離婚。
一軒家に越してから夜勤が一時無くなり、希望する人は夜勤の出来る工場へ…ということがあったと記憶している。
離婚後間も無く家を売り故郷に帰ったと何処で耳にしたのか…
人生の半分以上も前の事だけど、日産、と聞くと心が反応してしまうのは、後に夫だった人が自死したと知ったから。
故郷に戻り再婚して何年も経ってからだと分かっていても、私に責任など無いとしても。
何の後悔も無い人などいない…と自分で自分を慰めるのです。