ようやく函館でも
実は、18日の夜に支援物資に関する嘆願書みたいなものを市のフォーラムからメールで送った。
その内容がこれ。
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市で救援物資の受付をしてくれないのですか?
現在、自衛隊で物資の受付をしています。
ただ、都道府県、市町村、民間(個人を除く)となっているので、一市民である私が持ち込んでもダメなのです。
http://
上記URLは、防衛省のHPにある「地方公共団体及び民間からの救援物資の自衛隊による輸送スキームについて」書かれているページです。
道庁への問い合わせが必要になりますが、函館駐屯地も受付対象場所になっているので他の市町村に比べると手間が少ないかと思います。
新聞等に公告を載せ、救援物資を持ち込む際の注意事項を周知すると、いくらか手間が省けるかと思います。
また、市民の中には現地に行ってボランティアをしたいと考えている方もいらっしゃるかも知れませんから、そういう方を『ボランティア』として物資の仕分け作業に付かせてみてはいかがでしょう?
ちなみに素人がボランティアに向かってもボランティア難民になるだけです。
これに関しては、全力で阻止するべき案件です。
ご一考お願いいたします。
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私が送信したメールに関しては、何ら返信が無かったけど、ほぼメールで書いた通りに動いてくれているようだ。
私がメールした事だけで動いてくれたとは思わないけど、市を動かすために少しでも力になれたのだとしたら嬉しい。
もちろん、我が家でも支援物資を寄付してきた。
・紙おむつ1袋(80枚くらい入ったやつ)
・BOXティッシュ2ケース(10個分)
・お尻拭き1袋(10個入り)
数日前には義援金も1万円ほど寄付してきた。
石巻市で友人が被災しているので、赤十字ではなく宮城県へ。
わざわざ我が家の支援内容を書くのは、被災地を支援している事を自慢しているのではなく、これを読んだ人が1人でも多く被災地を支援しようと動いてくれる事を期待しての事。
東日本大震災
津波が家々を薙ぎ払い、海へ引きずり込んでいく映像は、殆どの方が目にしたと思います。
あの映像のほんの1時間前には、普段と変わらない生活がそこにあって、普段と変わらない明日が当たり前のように来ると信じていた人たちの風景がそこあったんです。
まるで悪夢を見ているようでした。
そんな映像を幾つもみるたびに、胸の奥にモヤモヤとする何かが込みあがっていたて、それが何なのか分からなかったのですが、後からやっと理解できました。
泣きたかったんです。
ここに一つの日記を紹介させてもらいます。
mixiのマイミクさんの日記でここに貼らせてもらう事に関しては、本人の了解を得ております。
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阪神大震災を思い出す。
俺の住んでた大阪は、激しく揺れはしたが致命的なダメージは無かった。
炎上している街並みを中継で見てはいたが、まだ若かった俺にはいまいちリアリティに欠けてたんだろう。
数日後、当時設備屋だった俺は、親方に連れられ工具一式を担いで神戸に向かった。
そこは地獄だった。
はっきりいって俺たちに出番は無かった。
被害の規模が大きすぎて工事屋のなんとか出来るレベルじゃなかった。
夜は真っ暗で頻繁に女性の悲鳴が聞こえる。
何が起きてるのかわからない。
余り誰も話さない話だけど、あの震災でかなりの女性が理不尽な体験をしている。
そしてこれも余り誰も話さないけど、某広域暴力団が見回りして治安維持に努めてた。
ちなみに俺は極道は大嫌いだ。
自衛隊の同期に連絡を取ってみた。
要請がかかってない自衛隊は動けない。
血気盛んな若い自衛官達は「今すぐ俺たちを行かせろ!」っと暴発寸前だったらしい。
俺たちは出来ることをやろうと小さいことを努力してた。
民間人の俺達の入れる地域は限られてる。
時間をかけて大阪と往復して物を運んだりしてた。
また暫くたち、自衛隊の同期と話した。
俺も現役の時は共に心身を練磨した仲間だ。
タフな奴らだ。
そのタフな奴らが憔悴してた。
来る日も来る日も、毎日瓦礫の下の遺体を運び出す。
そんな毎日で、駐屯地に戻ると水道の死んでる駐屯地では営舎は、階段も廊下も糞便で溢れ返ってるらしい。
自分の組織よりも民間の復興が先。
その為に我々自衛隊は練磨してた。
そんな想いで練磨してた男達も消耗してた。
仙台に従妹がいる。
既に両親を亡くし、身寄りは兄弟しかいない。
昼間に「無事です。ビニールハウスに避難してます。バッテリーが切れる」のメールを最後に音信が途絶えた。
けど、無事なんだろう。
心配だけど健在なんだろう。
相馬に叔父の一家がいる。
よく笑う豪快で朗らかな人だ。
一切連絡が取れない。
3月と言えど、夜の寒さは堪えるだろう・・・
状況がわからない。
あの時のような状況なら・・・
今すぐ物資を積んで走り出したい。
車じゃ入れないとこでもバイクでなら行ける。
オフ車かっときゃよかった・・・
今すぐ走り出したいけどもう少し状況がわかるまで待機する。
自衛隊の仲間達、それまで頼む!
博さん!秀ちゃん!敏っちゃん!恵!無事でいてくれ。
頼むぞ自衛隊!
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まず、被災を免れた方の中には、現地に行ってボランティア活動をしたいと思っている方もいらっしゃるかも知れません。
ですが、日記に書かれているように、設備屋としてプロの仕事をされていた方ですら何も出来ないのが現状です。
ましてや素人が何の知識も備えも無しに現地へ向かうのは、自殺行為以前の問題です。
自衛隊や警察、医療関係者などプロの方の仕事を増やすばかりか、被災者へ配られるはずだった食料などをも消費してしまう事になり、百害あって一利なしの状況に陥ってしまいます。
まずは、状況が落ち着くのを待ってください。
お金に余裕があるのであれば、募金をして下さい。
募金をする際は、公的な機関が公表している公式団体へ寄付するようにお願いします。
人の善意を悪用する詐欺というのは、いつになっても無くなりません。
次に、被災地で救援活動を行っている自衛隊員が小休止したり食事をしていてもそっとしておいてあげてください。
彼等は、自らの命を掛けて国家や国民を守る仕事をしている人たちです。
決して暴力装置でもありません。
しかし、彼等も人間です。
休息も食料摂取も必要なのです。
しかも、日記にあるような過酷な状況下で救援活動を行っているのです。
被害の状況から、阪神大震災のときよりも酷い状況かも知れません。
感謝の言葉をかけられるべきであって、決して罵詈雑言を浴びせられるような人たちではないのです。
今は、国民一人ひとりが一丸となって事にあたらなければなりません。
被災地から遠ければ遠いほど他人事のように思えるかもしれませんが、この災害は確実に全国民へ影響を与えます。
今は、一人ひとりが自分に何ができるのかを考え、行動に移すときです。
立てよ国民!
この未曾有の危機に立ち向かおう!
忘れてた。
ツイッターとか始めたから、余計に忘れがち。
執筆は、ちゃんとやってますよ。
書いては直し、初めから書き直したりもします。
やっぱりノートに書いてからパソコンで清書が一番スタンスに合ってるかなと思ったりもしてます。
そうすれば、清書が一回目の推敲になりますからね。
明確なイメージが実現の近道である
今年中に作品を書き上げて、作品に合いそうなレーベルを見つけて新人賞に応募する。
受賞、選外(受賞しなくてもデビュー出来る事がある)問わずに作家デビューし、作品が映像化され、デビュー後5年以内に印税や副収入(キャラグッズ関連などの収入)で2億円稼ぎ(私が今の仕事を退職まで働いた場合の退職金を含めた総収入)、専業作家になる。
印税生活者になる。
どや!
役に立つ!? 役に立たない!?
小説を書くというのは、誰にも読ませない自己満足な物を除き、物語だけではなく、シーンがどういう情景のもと、どんな事が繰り広げられているかという事を読み手に伝えなければ成り立たない。
故に書き手は、なるべく説明っぽくならないように気をつけながら、自然で解りやすく簡潔に描写する必要がでてくる。
小説を書くというのは、そういう事の繰り返しなのだ。(場合によっては、描写を省いてセリフで繋げ、読み手の想像力を利用する事もある)
では、それが実生活でどう役に立つか?
誰かに何かを説明(たとえばアルバイトへの指導)する時に、分かりやすく説明出来るようになる。
これは、普段の執筆作業で読み手が分かるように簡潔に書くという事を繰り返しているために、実際に話す時の言葉選びがスムーズになるからだと思う。